お痛した翌日に、ドイツ(ベルリン)→フィンランド(ヘルシンキ)へ「Lufthansa(ルフトハンザ航空)」を使ってひとっ飛び。
自己嫌悪と共に反省していた1日。
反省だけなら猿でもできる。
そんな「はんせー」をしていたお猿さんがいた年内解散予定の日光猿軍団に負けないように、反省をどう今後に活かすかが大事ですね。
活かせるようにします。
はんせー。
前置きはこのぐらいにして、ものすごく唐突だけれども、この歌・・・。
くまのこ見ていた かくれんぼ
おしりをだした子 いっとうしょう
夕やけこやけで またあした
まーた あーしーたー
いーいな いーいな
にーんげんって いーいな
おいしいおやつに ほかほかごはん
こどもの かえりを まってるだろな
ぼくもかえーろ おうちへかえろ
でんでん でんぐりがえって
バイ バイ バイ
もぐらが見ていた うんどうかい
びりっこげんきだ いっとうしょう
夕やけこやけで またあした
まーた あーしーた
いーいな いーいな
にーんげんって いーいな
みんなでなかよく ポチャポチャおふろ
あったかい ふとんで ねむるんだろな
ぼくもかえーろ おうちへかえろ
でんでん でんぐりがえって
バイ バイ バイ
(以下省略)
懐かしい。
同じぐらいの年代の人は知っている人もいるんじゃなかろうか。
そう、日本昔ばなしのエンディングテーマで使われていた「にんげんっていいな」の唄。
フィンランドに来て、なぜだかこの歌を思い出した。
にんげんって本当に「いい」んだろうか?
美味しいおやつやご飯を食べられるから?
帰りを待ってくれている家族がいてくれているであろうから?
みんなでなかよくお風呂に入れるから?
あったかい布団で寝ることができるから?
社会保障が充実していて、かつ高福祉国家と呼ばれる北欧の国々。
その中の一国、フィンランド。
そんなお国でさえも、ホームレスらしき人(実情は分からない)を見かける。
もしかしたら、もともとフィンランド国籍を持っていなかった人なのかもしれない。
でも、見かける。
美味しいおやつやご飯を食べられず、帰る家がなく、お風呂にも入れずあったかい布団にも眠れないであろう人たち。
唄の内容と現実とを比較すると、すべての「にんげん」が「いい」とは言い難い。
旅を通して、アジアやオセアニア、欧州の国々、すべての国で(今まで訪れた国においては)そういう「恵まれていないにんげん」を見かけた。
どうしてそういう状況になっているのかは分からない。
彼ら自身が怠惰なだけなのかもしれない。
雇用がなく働きたくても働けないのかもしれない。
抜け出そうとしても抜け出せないのかもしれない。
分からない。
加えて、日本では、年間3万人もの人が毎年自ら命を絶つような現状。
にんげんって「いい」んだろうか?
個人的には、にんげんって、いいこともあるし、いいとは言い難いこともある、と思う。
でも、その時はいいとは言えなかったことも今になってみたら、いい・・・よかったと言えることもある。その逆も然りだろうけれども。
起きる(起きた)物事を、どういう視点で、どういう角度で見るかなのかもしれないね。
物事には、恐らく・・・磁石と同じで、プラス面とマイナス面の両極を持っていて、どちらの面を自分に向けるかなのだろうから。
何かが起こった時に、その後に起きるであろう成り行きの捉え方や時間軸を使った捉え方、など色々と。
決してハイポジティブな人間ではないけれども(どちらかというとネガティブなんじゃなかろうか)。
フィンランドの人達と接していて・・・勝手ながら心に余裕があるように思えた。
もしかしたら、国家政策のおかげもあるのかもしれない。
心に余裕があると・・・人にやさしくなれる。何かを自然と与えることができる(と思う)。
ホステルへの道がいまいち分からず、パソコンを片手にウロウロしていると声をかけてきて道を教えてくれたおっちゃん。
目が合ったら、にこっと微笑んでくれたおばあちゃん。

関係ないけれども、横断歩道を渡っている幼稚園児らしきカワイイ子ども達。
治安の良い国ならどこの国でも見かける光景なんだろうけれど。
まぁ、フィンランドでなくても・・・社会保障が充実していて高福祉な国家でなくても、個人的には、ラオスなんかでも傍から見るとすごく心が満たされていると思われている人たちを見かけたけれども。
国家の問題ではなく、個々人の「考え方」や「姿勢」が決めうることなのかもしれない。
日本昔ばなしの「傘地蔵」。
もしお時間ある方は、こころがほっこり温かい気持ちになれるかも。
現実にこんなことは起こりえないだろうけれど、人に何がしかを「与える」ということがいかに大事だろうか、ということ。
そうすることで、こころが満たされるであろうこと。
お金じゃなくても良い、と思う。
ものじゃなくても良い、と思う。
マクドナルドで無料で買える「スマイル」でも・・・。
ちょっとした心遣いでも親切でも何でも良い、と思う。
無償の何ちゃら。
そして、与えてあげる、でなく、与えることで自らが得られる喜び・充実感。
うだうだと一貫性のないことを書いている内容であっても。そんなものが間違いなくこの世に存在しているということだけは、十二分に分かっている僕。
まぁ、前の記事に続いてのこの記事・・・説得力ないよね(笑)。
人に「与える」前に、自分の「ちっささ加減」をどうにかしろよっていう。
あしたはあしたのかぜが吹く♪
ぴゅー。