4月11日(木)

タンザニア 9日目
Zanzibar island, Paje → Dar es salaam 

今日はザンジバル島内にある世界遺産の街ストーンタウンまで行き、そこからフェリーに乗って、ダルエスサラームまで行く。

バケツをひっくり返したような雨の中、6泊したパラダイスビーチバンガローを出発笑い泣きお世話になりました。


ストーンタウンまでのタクシーは、2人で25USドル。

日本と同じ左側車線なのだが、時々右ウィンカーを出していて、どんな意味かを聞いたら
「後ろの車に、対向車線がきてることを教えてあげてるんだよ」とのこと。

思いやり文化‼️照れ

車内の音楽はアフリカとイスラムを融合したような曲で、ザンジバルの曲だそうだ。

ちなみに、アフリカに来てから、たまにゴスペルの曲も流れている口笛クリスチャンも多いので、やっぱりゴスペルの曲も聴くようだ。
現地の言葉になってたりするが、ハレルヤ〜ハレルヤ〜✨はよく聞こえる。

約1時間ほどでストーンタウン。
旧奴隷市場で降ろしてもらう。

ここは1897年まで、奴隷貿易の市場があった場所。

入場料5ドルを払うと、ガイドも無料。
ヨハンナさんという方が丁寧に説明してくれた。

アフリカ奴隷貿易の拠点は大きく2つに分かれていて、アフリカの西側(アメリカ大陸に輸出)と、中央から東側(オマーン帝国やインドに輸出)があった。
ここは後者の市場として、400年ほど使われていたらしい


元々はポルトガル、次にオマーン帝国によって奴隷の売買は行われていて、アフリカの中部、東部の広範囲から奴隷をここへ集めてきていたようだ。

奴隷を市場まで連れてくる過程も過酷で、何日もの間、ろくな食料や水もなく歩き続ける途中で死んでしまう奴隷も多かったそうだえーん


まず、教会へ。
この教会はかつてオークション会場があったところをそのままキリスト教の教会にした場所。

ここでは、奴隷を鞭で叩いて、奴隷の価値を見極めていた。泣かない場合は高く売れるらしい。
ちなみに女性の方が高く売れたようだ。

次にモニュメント。

この鎖は実際に使用されていたものらしく、ずっしりとめちゃくちゃ重かった。
こんなの首にかけられてたら、確かに逃げられない。

最後に奴隷を収容していた場所へ。

小さな暗い部屋に50人以上を押し込んで、2日間飲まず食わずの状態で放置。そこで死んだり、病気になったら、価値がないので捨てられていたようだ。

最後にパネルを見学して終了。
こんなに酷いことを400年も続けてきた。人間って恐ろしい生き物だと学ぶ。


さて、フェリー乗り場に歩いて向かう。20分ほどの距離だが、雨がひどくて大変だった。

行きと同じazamのチケットをネットで予約していて、チケット売り場に買いに行く。12時30分発。35USドル。

ちなみに現地の人は10USドル。
差がありすぎゲロー

乗り場は少し離れていて、また島を出るためのイミグレの手続きがあった。

行きと同じく快適だろうと思っていたのだが、、、

待合室は現地の人と同じだし、何故か外国人の荷物は預かってくれないし。

フェリーに乗り込んだらいっぱいで座席もない、仕方なく床に座るが、大雨でめっちゃ濡れる。
「私達は35USドルも払ってるんだぞ‼️」叫びたい。

1時間以上辛い思いをしながら過ごしてフェリーを降りたら客引の嵐ガーン

タクシー?ホテル?
明日のタクシー??

どれも要らないからっ😱

そして、宿まで20分ほど歩くのだが、雨で地面はびしょびしょだし、荷物重たいし。旅って大変だったことを思い出すゲッソリ

今晩はサファリインという宿。
ツインで1部屋1泊45000シリング(2300円程)
受付のおっちゃんがいい人で救われた。
ロビーはWi-Fiもよく、部屋もそこそこで良い宿。

明日、モシという街まで行きたいので、バスのチケットを買いに行く。徒歩5分ほどのところにあるキリマンジャロエクスプレスのオフィスへ。

明日の6時05分にこの事務所発のバスチケットを購入。このバスはトイレエアコン付きの高級バスだ。
36000シリング(1800円ほど)

アフリカは夜行バスが禁止されている国が多いので、長距離バスは朝早くに出発する。

明日のバス用に市場でバナナを買うと、ミニバナナ1房50円程度でとても安かった。タンザニアはフルーツが豊富だニコニコ
水も1リットル25円だったので、アフリカ南部に比べて物価はかなり下がってきている。

お昼も何も食べていないので、早めの晩御飯。チキンカレーはトマトベースでなかなか美味しかった。

夜はファンの音がうるさくてなかなか眠れなかった。。。

過酷な1日で、パラダイスビーチバンガローが恋しい笑い泣き