ため息が一つ零れた。
 口に運ぶケーキを食べれば美味しそうに綻ばせるし、紅茶を飲めばじんわり広がる熱をほっと受け入れる。
 しかし、時折遠くを見てはため息をつくその姿はいつものヒカルからは想像できないものだった。
 いくらヒカルとて、18歳の女の子だ。悩みがないわけではないだろうし、考え事もするだろう。ただ、ヒカルが他の子と違うのはそういう姿を周りに見せないようにすることだ。とは言え、本人は平静を装っているつもりでもまわりにはバレバレで、ばれていると気づかせないように周りが気遣っているというのが事実。
 いつでも一直線で、純粋で、大切な人たちを心から愛しているヒカルは昔から変わっていなかった。
「・・・ねぇ、ウミ?」
「なぁに、アスコット」
「ヒカル、どうしたの?」
 ウミの隣に座っていたアスコットが、明らかに様子がおかしいヒカルのことをウミに問う。なんだかおおっぴらに聞いてはいけない雰囲気が漂っていて、こっそり聞けば、ウミは小さく首を振った。
「東京にいる時からこうなのよ・・・でも、ヒカルは何も言わないし、私たちも聞くに聞けなくて」
 ね?と同意を求めたのは向かい側に座ってフェリオと歓談していたフウだった。フウはその鋭い洞察力でウミとアスコットの話題に気づき、小さく頷く。
「ただ、ヒカルさんのことですから、どうしてもの時はわたくしたちに話してくださるはずですわ」
「そうよね・・・ヒカルはそういう子よね」
 温かく見守るしかない、と、ウミ、アスコット、フウ、フェリオがヒカルを見ると、それに気づいたヒカルはにっこり笑って見せた。
 ああ、心配をかけまいと、気づかれまいとしているその姿がいじらしい。無理にでも聞きたい。でも聞けない。無理に聞いたところでヒカルが話すとは思えず、四人はにっこり笑顔を返すしかなかった。
 原因は、仕事で城を離れているランティスだと、誰もが思った。
 

「クレフ!」
 お茶会が終わると、大広間の扉が勢いよく開いた。クレフが常にいるこの部屋はとてつもなく広く、クレフがよく城下を見守るのに使っていて、執務室か寝室以外は大体ここにいることがわかっているし、プライベートゾーンでもないからウミは遠慮なく扉を開けた。
 中にはいつも通りクレフとプレセアがいて、城下のことを話しているようだった。
 この二人は年上(片方ははるかかなたに年上だが)なのにちっとも色気がないカップルだなぁ、と自分のことは棚に上げてずかずかとクレフに近づいた。
「ウミ、どうした?」
「どうしたの、ウミ?」
 ウミの後ろにはアスコットが慌ててついてきていたが、二人はウミに注目する。
「ランティスはまだ仕事してるの?」
「ああ。そろそろ終わるはずだが・・・どうした?」
「どうしたもこうしたもないわよ。ヒカルが元気ないの。ランティス不足よ」
「ランティス不足・・・?」
 どういう意味なのかわかりかねているプレセアが小首を傾げた。
「た、多分寂しいってことだと思うよ」
 異世界の少女と付き合うアスコットはなんとなくだが異世界の感覚がわかるらしい。プレセアは「なるほど」と理解して、
「ヒカルならランティスと外に行っても構わないと思うけど・・・」
 と。
「ヒカルが人の仕事を邪魔すると思う?」
「ランティスは邪魔とは思わないだろう」
「ランティスがどう思うかじゃないのよ。・・・少しでいいからランティスを貸してちょうだい」
「・・・少し待て」
 クレフは少しだけ意識を飛ばした。おそらく、ランティスと通信しているようだが、その声は誰にも聞こえない。
 しばらくして、クレフが目を開けた。
「もう終わるそうだ。ヒカルはどこにいる?」
「ランティスの部屋に引きこもっちゃったわよ」
「わかった」
 ヒカルの居場所を伝えるためにクレフは短い通信を飛ばした。
「ありがとう、クレフ。できればヒカルが来た時にはランティスの仕事減らしてね」
「・・・たまたまだ」
 本当に、たまたまだったのだからクレフにはどうしようもない。ランティスはいまやただの魔法剣士ではなく、外交も務めている。セフィーロの重要人物とも言えるのだ。おそらく、ヒカルもそのことは重々承知しているからこそ一人で抱え込んでいるのだろう。
「アスコット、行きましょ」
 なにはともあれ、ランティスの仕事が終わればヒカルの元気も戻ると安心したウミはアスコットを連れだって大広間から出ていった。
 

 シーツの波間に埋もれながら、ヒカルは夢うつつを彷徨っていた。
 何かが遠くから響いてくる。それは足音のようで、高い音だった。次第に音は大きくなり、大きくなるにつれ低くなる。規則正しいそれは、ヒカルの体を微かに揺らした。
 ドクン、と脈動に気づく。でもそれは、一つではなかった。
 耳を澄ませていると、もう一つ。そちらの方が脈動は早いようで、すれ違っては重なり合う、微妙なテンポが面白くて、ヒカルは知らぬうちに微笑んでいた。 
 手を伸ばして、頬を寄せると、それは一際大きく振動した。
 
 
お題:それは甘い20題 By確かに恋だった