島崎藤村の『破戒』の第四章までの感想
⚠️ネタバレ注意⚠️
以下、ネタバレあり感想です。
主人公丑松と同じ下宿の金持ちの男が、実は穢多だったというだけで差別で下宿を追い出されてしまう。丑松は実は穢多だったので、気分を悪くしてお寺に引っ越すことを決めてしまう。
丑松は穢多出身の作家、猪子蓮太郎をとても尊敬しており、猪子の本を読むようになってから自分の身分について重く考えるようになる。
子供の頃は丑松は何も部落差別について考えず生きており、また銀之助とともに勉強していた頃も快活で明るく何も考えていなかった。
確か第三章では、引っ越してから様子のおかしい丑松を銀之助が心配する話が描かれている。
第四章では、教師の職を辞めた敬之進の貧しい家族が描かれている。
島崎藤村は、丑松の迷いや苦悩をありのまま描いている。また、明治維新後落ちぶれてしまった士族の敬之進の暮らしもありのまま描いている。破戒が描いているのは、明治維新後のありのままの人々の生活や苦悩だと感じた。
第四章まで読んで、刺さったシーンは、銀之助と文平が猪子蓮太郎の肺病について話しているシーン。穢多という身分なのに、なぜあそこまですごい人間が生まれたのか、という文平の疑問に、銀之助が「あの先生は肺病だから、その病気のためにあそこまで到ったのかも知れない」と答える。それを一部始終聞いていた丑松が心苦しくなるというシーンだ。
なぜこのシーンが刺さったというと、当時そこまで穢多という身分であるだけで、馬鹿にされたり軽んじられたりするのかと、読者である私自身も辛くなったからだ。
もし自分自身が丑松だったら同じように苦しく思えたに違いない。
また、第四章では、元々は士族の身分だった敬之進の落ちぶれた生活が描かれている。穢多とは対比的な良い身分の者の落ちぶれた先の苦しい生活が描かれていて、それも読んでいて辛い気持ちになった。明治維新により変わった人々の生活のありのままが描かれているのだと思った。