私が行きつけの本屋にはカフェも併設されていて、本を買えばカフェで使える50円引きのクーポン券がもらえる。
まあ、よくある今時の本屋なのだけれども。
遅い時間帯にある授業が休講になり、突如自由な時間が手に入ったわけで、すぐさまその本屋で時間を過ごした。
ぼちぼち課題をまとめ、一息ついていた頃
突然見知らぬ年配のおばさんが私のもとにやってきて
「これ良かったら」と一言、そのクーポン券を置き、私が顔を見て礼を言う間もなくそそくさと立ち去って行った。
あまりに自然な流れ過ぎたので私は「??」でその一瞬は過ぎたが
よくよく考えるとこれは幸せに生きる一つの知恵に関係していると思う。
日本の言葉で、「お裾分け」というものがある。
辞書的にはもらい物や利益の一部を他の人に分け与えることとなっているが、
要するに衣服の「裾」、メインでないけどちょっとばかりのもので
「つまらないものですが・・・」といって渡すようなもの。
きっとこのおばさんはその習慣が根強いているのだと思う。
ちょっとでも良いことは人と分け合おうの精神、これってとても大事なんじゃないかと思う。
大きい話をしてみよう。
現代では、自分で自分が生きる為に稼いで自己実現を果たす事が「自立」した生き方と考えられている。
そして経済学的に言うと、余剰はあればあるほど良い(求める利益を超えていても)と言う話。
・・・わかってはいるけどなんかなあと思う
欲しいものは何でも自分で手に入れるのは正しいと思うし、必要なことであると思う。
けれど、人って自分が大して欲しいものでなくたとしても、人からもらったものって嬉しく感じたりする。
あげた方も、なんか人にしてあげたって良い気持ちになる。
でもその人にあげるものが多すぎてもダメだと思う。
いわゆる余計なお世話の重いやつ。
こんなに頂いたから何かお返ししなくては、と。
受け取った側は、余計な心配事が増えるかもしれない。
まさしく「お裾」くらいのがちょうどいい。
なにも物品だけの話でなく、ボランティアだってそう。
身を削って支援してるんですなんて言われてみりゃ、
支援される側は居た堪れない訳で。
皆がそれぞれに頑張ってオーバーアチーブした分のお裾を分け合ってたら
もっと幸せな社会になるだろうなあ。