付き合えたのには変わりがないがそれから約1年。特に私達の関係性が変わることはなかった。
なんせ私の身体は貧弱。
直ぐに体調は崩れるし朝にならなきゃその日の予定は決められない。
そのせいで沢山保乃に迷惑をかけた。
でも保乃は嫌な顔なんてひとつも見せずいつも許してくれる。
そんな保乃が私は大好きだった。
田「夏鈴ちゃん、今日は体調大丈夫なん?」
藤「大丈夫だよ、ありがとう。」
田「良かった。」
ホッと胸を撫で下ろすように安心した彼女を際立たせていた風景はすっかり冬になっていた。
鼻先が冷たくて手先もかじかんで上手く動かせない。
藤「冬だね。保乃は冬も良く似合う。」
田「…そうかな?」
藤「うん。似合うよ。だからさ、写真撮らせてよ」
田「……いいよ。」
少し、ほんの少しだけだけど、保乃の表情が暗くなった気がした。
冬に似合わない曇り空の下で保乃の表情が。
藤「そう、そのまま。」
パシャ
パシャ
数枚写真を撮る。
保乃は相変わらずカメラが似合うな。
藤「いいね。」
田「夏鈴ちゃん。」
藤「なに?」
田「保乃達、別れよっか。」
カシャンッ
思わず握りしめていたカメラを落としてしまった。
藤「なんで?」
田「付き合う意味が感じられんから。」
そう言い残して保乃は走り去った。
追いかけなきゃ、追いかけないと。
初めて走った。小学校も中学も高校も、身体が弱い私はずっと走れずにいた。
走り方も人並みに知らない私は足を動かすことだけに神経を研ぎ澄ませ保乃を追いかける。
冷たい雨が降ってきた。
肺は凍りつくように痛く苦しい、
藤「ま、待って、」
小さな声でそう呟きながら手を握り締めると保乃は立ち止まってくれた。
藤「別れる理由が1つあるなら…ケホッ 別れない理由100探すから!」
田「なにそれ、別れる理由なんて1つあれば十分やろ。夏鈴ちゃんのことは全てお見通しやで。」
藤「私を分かったフリしてサヨナラなんて言わないで!まだあなたに見せてないたくさんの私がいるの、」
田「夏鈴ちゃんは保乃こと好きやないんやろ?」
藤「好きだよ!!この体ごと保乃に恋してる!それだけは分かるの!」
田「っ、!ずるいんよ。今更そんなこと言うなんて。」
藤「ごめん。」
田「夏鈴ちゃんのこと分かったフリでもしなきゃ辛くて、耐えれんかった。夏鈴ちゃんにとって結局は保乃も景色の1部なんやろ?」
藤「……」
田「夏鈴ちゃん大好きやで。苦しいくらいに。だからダメなんよ。保乃には受け止めきれない」
そう言い残して保乃は反対方向に向かって歩き出した。
今1歩踏み出せばまだ間に合う。
手を引いて抱き寄せて「大好き」だって伝えれば…でも私の身体は動かなかった。
苦しくて上手く息が吸えない。全身から震えがきて今にも倒れそうだった。
今倒れたら保乃は駆け寄ってきてくれるのかな?
そんな迷惑な話こっちから願い下げだ。
ずるいのは分かってる。
全身全霊をかけて恋をした。
目を瞑ると君が映る。
好きだった。行かないでって願ってももう遅いのに何処か遠くでそう叫んでいる。
なんで、なんでなん?
さよならって言ったのは保乃やのに後ろ姿だけで分かるほどどうしてそんなに泣いてるん?
保乃が1歩踏み出す程に金木犀の香りが香る。
辛い、この先もずっとこの香りがする度に君を思い出さなきゃならないなんて神様はどうしてこんな仕打ちをするのだろう。
早く死にたい。そう思ったのは初めてだった。
1度の人生さえ捨てることも構わない。
だから、だからお願い。
そばにいて。
今は貴方しか愛せない。
もっと元気な身体で生まれてこれさえすればなんて言い訳を考えながら1人声を上げて泣いている夏鈴を慰めて。
あまじょっぱい、初恋の味に似た涙が止めどなく私の頬を伝った。
もし生まれ変わることが出来るのならば1番に君に会いに行く。
何度も何度も振り返りながら手を振る彼女はもう存在しない。
私はあの時と同じようにどんな仕草よりもそっと、そして優しく震える手で振り返そうとしてやめた。
流れ星でも落ちてこないかな?そしたら願いと共に来世へ乗れるのに。
止むことを知らない大粒の雨が私の体に纏わりつく。
あー、明日は熱が出るな。
保乃にまた謝んなきゃ…今日は体調が悪いから会えないって。
あ、そっか。
さっき振られたんや。保乃に。
もう連絡もしなくていいんだ。
カメラもスマホもその場に放り捨て私は仰向けになり寝転んだ。
保乃…
ありがとう、愛してる。
今もずっと。
貴方は私がこの世界に生きた意味でした。
fin