翌朝目が覚めベッドから出てくるとハサミを持った麗奈が待っていた。


あ、殺される。






守「ふふっ、おはよ。」






ニコニコ笑顔の麗奈は私を椅子に座らせクシで髪をとき始めた。







守「昨日髪切ろうって決めてたんだ。夏鈴ちゃん絶対ウルフ似合うよ。」






そう言いながら間髪入れずに髪を切る麗奈に内心ヒヤヒヤしていたが思ったよりも完成度は良かった。


周りが見えない程伸びた前髪も目の上辺りまで切り揃えられ身軽になった気がする。








藤「凄いな、」


守「へへっ、ありがとう。それより夏鈴ちゃん、昨日は髪でよく見えなかったけど綺麗な顔してるね。」


藤「そんなことない。」


守「そんなことあるよ!その綺麗な目、麗奈好きだな〜」


藤「……」


守「ん?どうかした?」


藤「いや、別に。」


守「嘘だ〜、言いたいことあるならちゃんと言って?」


藤「、、、この目、お母さんに大嫌いって言われた。」


守「こんなにも綺麗なのに?」


藤「いいんよ。もう言われ慣れとるから。」


守「でも…」


藤「それにもう、言われることもないしな。」


守「なんで?」


藤「死んだ。」


守「は?」


藤「殺されたんよ。誰かに」


守「いつ?」


藤「昨日、あの路地裏で死んでた。夏鈴は必死に母さんから逃げて来た。でももう追われることもないって考えたら少し楽。」


守「お父さんは?」


藤「仕事。でも帰ってくると思う。この騒ぎを知ってればの話やけど。」


守「…そっか。」


藤「だからもう帰るな?怪しまれると困るから。」


守「お父さん、夏鈴ちゃんが虐待されてたこと知ってるの?」


藤「知らんと思う。父さんの前では良い母親演じとったから。」


守「そうだったんだ」


藤「麗奈?」


守「ん?」


藤「夏鈴らあ、また会えるよな?」


守「ふふっ、勿論。」


藤「良かった。」







笑顔で約束を交わしてくれる。

麗奈があまりにも幸せそうに笑うから、つられて私も笑ってしまった。








家に戻った私は数年ぶりに父さんと再開した。







「夏鈴、辛かったろ?怖かったな…」


藤「…」








知らない。本当は母さんが死んで安心している私の気持ちを父さんは何一つ知らない。








「今から母さんに会いに行くけど、夏鈴も来るか?」


藤「うん。」







私達は母さんのいる警察署に向かった。


安置所に着くと冷たい空気の中で少し小さくなった様に見える母さんと再開した。

父さんは涙を堪えきれずその場に泣き崩れ母さんに謝っていた。








「子供と妻を残して仕事になんて行かなきゃ良かった。きっと、辛かったよな。でもお前のお陰でここまで夏鈴は大きくなった。ありがとう」








違うよ父さん。子供なんてほっといたら勝手に大きくなんねん。


どうして気付けんの?私の身体には消えない、見えない傷が幾つも存在しとるのに。



全部あの人に付けられた傷なのに、誰からも愛を貰えなかった私を慰めるのが先なんじゃないん?


どうして母さんなん?


結局父さんも母さんと同じ人間やったんや。


それならどうすれば良かったん?


もうこの家族には戻れない。戻りたくない。


息が上手く吸えなくて、思わずその場を飛び出した私は気が付くと麗奈の家の前まで来ていた。







藤「ハァハァ、ッ、ケホッ、」






マンションの10階を非常階段で駆け上って来た足はもう震えが来て限界だった。


あとはインターフォンを押すだけ。


その時ふと我に返った。


いやあの日たまたま会った人間がノコノコ家に来るなんて怖すぎる。


でもしばらく私の足は動きそうに無かった。


麗奈の家の前に座り込み顔を膝に埋める。

ここ、10階よな。ここから飛び降りたら確実に死ねる。もういっそ楽になってしまいたい。


コツコツッ



突然ヒールの音がしたと思えば風の流れによって大好きな麗奈の香りがして思わず顔を上げる。


そこには朝見た時と同じ笑顔の麗奈がいた。







守「ふふっ、インターフォン押さないの?」


藤「麗奈…」







よろよろと立ち上がり麗奈の胸に顔を埋める。







守「痛いよ、夏鈴ちゃん」


藤「れな、」







大きな声で赤ちゃんのように泣きじゃくる私を抱き抱え部屋に入れてくれた。

泣き止むまで麗奈はずっと私を抱っこしてベッドに座り頭を撫でてくれた。








守「夏鈴ちゃんには麗奈がずっとついてるよ。愛してる、心から。」


藤「ッ、グスッ夏鈴も、大好き。」








涙でぐしゃぐしゃの顔に麗奈はキスをしてくれる。柔らかい唇が触れる度私の心が満たされていく。


初めて貰う精一杯の愛情に私は何と名前をつければいいか分からなかった。








守「落ち着いた?」


藤「うん。」


守「何があったの?」


藤「…もうあの家には戻りたくない。」


守「どうして?」


藤「結局父さんも母さんと同じ人間やった、」


守「…そっか。」


藤「頑張って働いてお金稼ぐから心配ないよ。」


守「夏鈴ちゃん、」


藤「ん?」


守「今何歳?」


藤「15」


守「え、中3?」


藤「うん。」


守「わお、じゃあ私と5歳離れてる。」


藤「迷惑よな?大丈夫。家は自分で探すから。」


守「一緒に住もうよ。」


藤「え?」


守「だって、もう夏鈴ちゃん以外の人間なんて誰も愛せないよ。最果てを見つけたからね。」


藤「最果て?私が?」


守「そうだよ。もうこの先は何も無い。これで最後の恋だと思う。」


藤「じゃあ夏鈴は麗奈が最初で最後の愛した人やな。」


守「へへっ、夏鈴ちゃんの初めては私なんだ嬉しい。」








5歳も上だった。でも5年もすれば直ぐに麗奈の身長も追い越して今度は夏鈴が貴方を守る番になる。







藤「実はな、夏鈴、麗奈の夢を昔からずっと見とった。」


守「え?」


藤「その時の夏鈴は幸せそうで、でも麗奈に好きって言われる度に衝動が抑えられずに麗奈の鎖骨に噛み付いてしまう。そんな変な夢を見る。」


守「待って、その傷ってさ…」





ドンドンッ!





「開けろ!!」


守「っ?!」


藤「父さんや、」


「夏鈴!聞こえるか?!そいつは母さんを殺した殺人犯だ!」


藤「…は?」


守「…」


藤「嘘よな?」


守「…ごめんね。」


藤「っ、!こっち!」






私は勢いよく扉を開けた。

その衝動で傍にいた人達が吹き飛ぶ。






藤「早く!!走って!!」







麗奈の手を引き必死に階段を駆け下り歩道に出る。

外は出会ったあの日と同じように大粒の雨が降っていた。

絶対に麗奈を離さない。離したくない。自然と涙が出てきて2人で泣きながら夕暮れの街をただひたすらに走った。

2人の涙が混ざり合うように互いの肌に浸透していきそうで、こんな時でも幸せを感じてしまう。

麗奈、どこまでも一緒よな?

夏鈴と麗奈は愛の最果てに居るんやから。




ドンッ






藤「っ、!」





突然、麗奈に突き飛ばされ私は水溜まりの上に尻もちを着いた。







藤「麗奈?」


守「ごめん、私はこの先には行けない。」


藤「なんで?」


守「早く逃げて、」


藤「嫌だ!麗奈!!!」


守「ごめんね、夏鈴ちゃん」


藤「謝るくらいなら私の手を握り返して!」


守「ごめん…ごめんなさい、」


藤「れな!」


守「ごめん、」








違う、違う、違う!今私が求めてるのはごめんねなんかじゃない!


愛してるって言う精一杯の一言が欲しいの!


なんで、夏鈴を見捨てるの?貴方だけは違うと思ってた


なのに、どうして!!







「夏鈴!早くそいつから離れろ!」



藤「麗奈、っ、!れな!!!」






複数人の警察官に麗奈は取り押さえられた。






藤「麗奈!夏鈴と約束したやろ?!!!もう夏鈴以外愛せんって!!」


守「っ、?!!!!嫌だぁぁっ!離して!」


「こら、!!大人しくしなさい!」


守「夏鈴ちゃん!!」


藤「どうしてみんな夏鈴達の邪魔するん!!?なんにも悪いことしてない!愛を貰うために不幸になるなんておかしいやろ!!」


「コイツはお前の母親を殺したんだ!お前も殺されるかもしれないんだぞ?!」


藤「麗奈と離れるなら殺された方がマシや!!」


「どうしたんだよ!夏鈴!」


守「それはできない、だから一旦別れるの」


藤「いやや!!」


守「愛してる。愛してるから!」







バッ

麗奈は思い切り首袖を下げ鎖骨を見せてきた。


そこには真っ赤な傷跡が付いている。







守「生まれてから今まで私はずっと夏鈴ちゃんを探してた!愛さなきゃダメだって、!だから貴方が幸せになるために私は貴方の母親を殺した!」







やっぱり、あの夢は嘘じゃなかったんや。






守「私は必ず貴方に逢いに来る!!それまでどうか強く生きて!!」


藤「いやだぁあ!!麗奈ぁ!!」







どうして、私達は離れなきゃいけないの?

景色が滲んでもうよく分からないよ。

麗奈はそのまま警察に連行された。

残された私はその場に座り込んだまま動けずただ雨粒に打たれるだけ。


なんで、、、






「夏鈴。」






バンッ


私の肩に触れた父さんの手を勢いよく振り払う。







藤「触るな!!!誰だよお前は!!」



「俺はお前の父親だ!」



藤「家に帰ってこないで好き勝手暮らしとったくせに!!!!!!!!なんだよ、今更!!父親ヅラなんかするな!!!」



「俺はお前を思って!」



藤「ふざけんな!何が思うだ!だったら最初から私をこの世に生むなよ!!あんたらのせいで私の人生はゴミだ!麗奈のいない世界なんてゴミ以下だ!!!!」



「あんたらのせい?」



藤「まだ気付かんの?!!」





バッ


私はその場でTシャツを脱ぎ捨てた。







「ちょ、!!」


藤「この傷が見える!??母親に付けられた傷だよ!お前が好き勝手女と遊んでるせいで私に暴力を奮ってたんだ!」


「そ、そんな。」







この後の記憶は殆どない。


冷たい世界で私は孤独でいた。