7/19に
老健から退所してきた祖母
「老健は本当に嫌だった…」と
無事に初ひ孫女子とも対面
そんな感じで
在宅で楽しくやっていくのかと思いきや、
実はこの度、12/13に
特養入居となりました
祖母の望みを叶えるべくで
在宅生活を始めてみると…
せっかく老健のリハビリの成果で
何とか頑張れば
自力でトイレまで歩ける
ギリギリラインだったけれど、
歩くのは辛いから嫌
手伝ってくれないなんて意地悪
と、一人暮らしを拒み
さっさと母の実質同居となり
誰かがいれば
出来ない…と頼りっぱなしで
どんどん動かなくなる一方
ですが、
在宅だから、どうしてもできてしまう
空白の1人の時間だけ
やるしかないと動き…
とはいえ、日頃動かないので
動ける力はどんどん低下しているから、
すぐに転倒
帰宅した母や
お迎えのヘルパーさんが
倒れた祖母を発見、の繰り返し
結果、たった4ヶ月で、
腰椎圧迫骨折
恥骨骨折
坐骨骨折
とケガばかり…
そして、
ケガの痛みもあり、
ますます甘えたいの悪循環となり、
寝返りも、起き上がりも、
立ち上がりも、ズボンの着脱も、
トイレ後のお股を拭くことさえ、
お願いします、やってください
の全介助へと
コロコロと見事な下り坂でした
ただ、
私はここでも大切にしたいと思ったのは
周りから見たら
良かれと思うことである
自由気ままに過ごせる
【在宅生活の継続】でもなく、
まだ頑張れるのにもったいない
【残存機能の保持】でもなく、
あくまでも
祖母の右脳の声🧠
なのだと気付いたんです
つまり、
老健が嫌な場所だったのは、
施設という不自由さよりも
リハビリという頑張ることを
強要される場だったからで
それと、
定時排泄の声かけは嫌で
尿意を感じたタイミングで
トイレに行きたかった、と
全介助で介護されることへは
一切抵抗ないどころか
むしろ、お姫様気分で自ら望んでいて、
リハビリなんて勘弁してほしくて、
基本的にほっといてくれて、
ベッドでゴロゴロボーッとしてたくて、
だけど、
オムツになるのだけは嫌
自分が行きたい時に
トイレで排泄していたい
という
まぁ何ともワガママなご希望で
特養入居の申し送りでは、
全てそのまま伝えさせてもらいました
その結果、
「ここは皆さん優しくしてくれて、
いいところよ。
死ぬまでここにいられるなんて
私って幸せ者ね。」
となったのです
2019年12月の大腿骨骨折から
オペ入院
→リハビリ病院転院
(期限満了)
→サービス付き高齢者向け住宅
(追加の自費介護費が予算オーバー)
→老健
(私の出産前後でのリハビリ合宿)
→我が家近居での在宅独居
(転倒によるケガ)
→我が家近居での母との2人暮らし
(介護負担が上がる一方での限界)
→特養
(祖母の望みはここで必要充分叶う)
と
2年間に色々経験しながら、
ようやく今に至ります
介護は子育ての集大成
こうして間近で体感できたからこそ、
育児のゴールも
より明確になったなと感じます
また、色々な切り口から
皆様にも還元できる形で
お伝えしていけたらと思います