孝志は、電話が切れた、スマートホンをコタツの上に置いた、

コタツの上には、開けたままのノートパソコン、

電源は入っていない様でその暗い画面に自分の顔が映り込む、

悲しそうな自分の顔を見て、孝志は独り言を言った、

「親離れできてないんだろうなー」

自分の独り言に納得して、心の中で呟く、

まだ、十八だもんなー、

そしてホテルでの菜奈美の痛がる様と声を思い出し、

見かけは大人っぽいけど、中身はまだ子供なんだろうなー

そう思い、

子供に理屈をごちゃごちゃ言っても逆効果だからなー

と菜奈美に対する自分の電話対応を振り返る、

そして、菜奈美には揺れる乙女心を存分に感じてもらって、いかに自分が子供かを再認識すればいい、

こっちは、何も知らない子供を相手にする覚悟はもうしてる!

孝志はそう腹立たしい気持ちを感じた、

孝志は、敵は本能寺にあり、と言う言葉があるけど、

菜奈美が手強いんじゃない、親が宿敵だなと思い、

親より俺の方がいいとなれば、俺になびくだろう、

と思い行動に出た、


 次の週、

数日前、会社に早退願いを出し、

お昼過ぎに菜奈美のお家の最寄駅の大袋駅の前に、

孝志は居た、

ここで待っていれば、菜奈美が大学から帰って来たところに会えるだろうと言う計算、

電車が駅に着くたびに、孝志は車から降りて歩道に立つを何度も繰り返し、

それは午後四時半ごろの事、

電車が駅に着き、孝志は歩道に立っていると、駅舎から菜奈美が出て来た、

菜奈美と目が合い、菜奈美は視線を歩道に落としたが、孝志の方に歩いてくる、

真剣な表情で、何か考えながら歩いていると、孝志は察した、

それにしても、見映えのいい女だ、と孝志は思い、菜奈美を見詰めていると、

菜奈美は孝志の目の前、手を伸ばせば触れられるくらいの程よい目の前で立ち止まる、

菜奈美は孝志の足元くらいの場所を見つめているだけ、

孝志は、自分の目の前に立ち止まったのならまだ、望みはある、敵は親と思い、

「親に内緒で会おうよ」

すると菜奈美は、

「内緒で?」

と半信半疑に尋ねてくる、

その尋ね方が、孝志に、菜奈美も俺に会いたがっていると感じさせた、

内緒と言うのは、単なる理由づけで、親が会うな!と娘に言っても、娘が親の言う事を聞かない、

と言う既成事実を作るための言い訳、

親に子供の成長を認めさせる為の、子供の反抗であり、菜奈美の自主性の目覚めを親に理解させる行動、それらを導く為の方便、

直ぐにバレても構わない嘘、

孝志は間髪入れずに答えた、

「バレない様に、会おうよ、バレなければいいんじゃない?」

親には菜奈美を育てた実績がある、これは孝志にも敵わない、

しかし菜奈美の成長した欲求は親ですら満たすことはできない、

成長して自我が目覚めれば、そのうちに欲求が付きまとう、孝志にはそう言う勝算があった、

しかし菜奈美は返事をしない、

そこで孝志は言った、精一杯に優しく、

「菜奈美の事を忘れられない、この数日間ずっと菜奈美の事だけを考えてた、だから今日ここに来たんだ」

すると菜奈美は、自信なさげに問いかけた、

「バレない様にできるかな?」

孝志はそこでとっておきの言葉をかけた、

「俺、お父さんお母さんに会って、許してもらう様にするよ」

すると菜奈美の表情が一変した、

そして、急に、

「うん、バレない様に何とかする」

と言い出した、

菜奈美の態度の急な変化に、孝志はどんな事情、菜奈美のどんな思いがあるのか想像が付かなかったが、

今は菜奈美を信じるしか無いので、

「じゃ、また電話するから」

菜奈美は不安そうだが、頷き、

瀬戸際に立つギリギリな様子を隠さず孝志に見せる、

孝志は内心で希望を感じながらも、菜奈美と同じ瀬戸際に立っている表情をして、

「じゃ、また電話するね」

そう言って、孝志は歩道から車道に降りて、振り返り菜奈美を少し見上げる様に立ち、

「じゃね!」

と心細気に言うと、

不安気に孝志を見下ろす菜奈美の顔は、当てもなく彷徨う子猫の様に、孝志には見えた。


つづく。