二人はホテルを出て、
ギリギリ菜奈美の門限に間に合う様に、菜奈美のお家の目前まで送り、
菜奈美は、帰宅したが、
玄関を入るとまだリビングの部屋の明かりが廊下を照らしていて、
菜奈美はその日常の中に何とも言えない圧力を感じたがそれは、
自分がやましい事をしている自覚のせいだと思うと、つい自分の存在を隠す様に身を縮めて音を立てずに玄関を上ると、
そのリビングから父親の声で、
「菜奈美!」
と帰宅直後の菜奈美を呼ぶ父親の声がした、
気付かれたのなら仕方ないと思い、
いつもの様に友達と遊んできた!と自分に言い聞かせて、
リビングの引き戸を開けた、
菜奈美の父親、永沢英樹、四十四才、
菜奈美から見ても時代遅れな父親、
世の中には娘に甘い父親の方が多いのに、厳しい父親だ、
「最近毎週日曜は出掛けていて、毎日学校で友達には会っているだろう?」
父親の英樹がそう問いかけてくる、
菜奈美はやましい気持ちを払拭したいと思い、
「十八になれば、友達も増えます」
と答えると、父親は、
「女か?男か?」
菜奈美は嘘をつく事に抵抗を感じて、
「男の人です」
父親は菜奈美から目を離して、
「もう何度も会っているのか?」
リビングに入りなさいとも言ってくれない父親に、
菜奈美は悲しい気持ちを感じた、
リビングの外の廊下から、
「何度も会っています」
と正直に答えた、
正直に答えると、菜奈美はだんだん自分が悪い事をしていた様な気持ちになり、
悲しくなってきて、
父親が菜奈美から目を逸らせたのと同じ様に、
菜奈美も視線を床に落とす、
すると父親が、
「その男に会うのはやめなさい」
冷静で冷たい言い方、
菜奈美は孝志の素直で可愛い顔を思い出したが、
父親に反論する言葉が思い浮かばない、
すると父親が言葉を重ねた、
「以上だ、もうお休みしなさい」
そして、リビングの隣のダイニングキッチンにいた母親の洋子がそっと菜奈美に近付き、
肩に手を添えて、
「お風呂に入って、就寝の用意をしなさい」
と優しく言ってくれた、

 お風呂を出て、
自分の部屋に戻り、
ベッドに入る、
暗い部屋の中、菜奈美は父親に何も言い返せなかった、と思い、
父親にとっては私はまだ子供なんだと感じた、
しかも、今日大人になりそびれた、

 翌日大学に行って、
静香に相談しようっと思ったが、
親にそんな事を言われて会うのをやめるなんて、
まだまだ子供だなと、静香に思われるに決まってる、
そう思い、悩みを打ち明けられなかった、

 大人になろうとしていたのに自分の中で、
親の存在が大きい事に気付き、
菜奈美は、この数日間、
孝志に何と説明しようか考えていた、
やはり、親と言う言葉を出せば、
菜奈美自身の気持ちを問われる事になる、
そうなると答えに困る、
本当は会いたいのに、

 そして週末の夜、
孝志から電話がかかってきた、
いつもの優しい声、
あの夜の後で、菜奈美の体を気遣う言葉があったが菜奈美は切り出した、
「もう会えない」
長い沈黙があったので、菜奈美は付け加えた、
「どうせなら本気になる前に・・・」
本気の恋愛がどう言うものかも知らない、と菜奈美は自分で思いながら言った、
でも孝志は何も言ってこない、
菜奈美は何かを言って食い下がってくると思っていたが、孝志は何も言わない、
それで菜奈美は思わず、
「もしもし」
と電話の向こうの孝志に声をかけると、
「もしもし」
と返事が返ってきた、
菜奈美は苦しくなってきて、
「もう会えません」
と繰り返したが、やはり孝志からは何の返事も返ってこない、
それで菜奈美は、
「もう電話切ります」
そう言っても孝志は何も答えない、
だから菜奈美は電話を切った、
谷原孝志の電話帳を見つめて、後味の悪さだけが残る思いで、
菜奈美は情けない気持ちになる、
でも孝志は引き止めようともしなかった、
考え直して欲しいの一言も言わなかった、
終わった、菜奈美はそう思い、好奇心だけでは大人になれないんだと思い知らされた。

つづく。