菜奈美にもいろんな思いがあって、勇気を出して電話をかけてきたんだろうな、
孝志は菜奈美の初めての電話をそう振り返った、
そう言えば、孝志にもそんな経験がある、
子供のままじゃいられないと思って、
一生懸命に大人の女性に話を合わせた事、
エッチな話って子供には難しい、でもその難しい話しを上手にしないと、
異性に認めてもらえない、
孝志は、菜奈美をチラリと見て、
「ところで、母方のお祖父さんもお祖母さんも芸術家みたいに聞こえたけど、そうなの?」
菜奈美が孝志を見て頷く仕草が視界に見えて、
「夫婦で芸術家なの?」
と孝志が問いかけると、
「お祖母さんが若い頃に生花に夢中で、その頃から才能があったらしいです」
菜奈美はそう言って、声に笑いをふくませながら、
「お祖母さんが自分でそう言うので」
そして続けた、
「いける花や花の季節に合った花器を作ってもらう事になって、何ヶ所か陶器を焼く窯元を回っていたら」
菜奈美はそこで息をついで、
「お祖父さんが若い頃、栃木のその窯元で修行をしていて、花器を焼いてもらったら、お祖父さんがいい腕をしていたので、お祖母さんのお父さんがお祖父さんの腕を気に入って、修業明けを待って」
菜奈美は、そう言って、言葉を選びながら、
「パトロンって言うのかな?お祖母さんの実家がお金を出して、お祖父さんの面倒をみると言うか、陶器を焼く事になって」
そして菜奈美は説明に少し躊躇しながら、
「お祖母さんもお祖父さんの事が気に入ってたみたいで、結婚したそうです」
孝志は、その少し入り組んだ話しを聞き終え、
まず第一に思ったのは、お祖母さんの実家は金持ち?
とそんな事を思っていると、菜奈美が続けた、
「お祖父さんもその後腕を上げて有名な窯元になって、お祖母さんも花道の先生で、お弟子さんが日本中にいるそうです」
孝志は背よっている物が俺とは違うなと思っていると、
「でも私の父親は普通のサラリーマンですし、母親は専業主婦ではなくて、パートをしています」
菜奈美のその両親を語る言葉が、私を特別視しないで下さいと訴えている様で、そう言うコンプレックスもあるよなと思い、
「うん、分かるよ」
と何とも間抜けな返事をしてしまい、
孝志はあわてて、
「男女のご縁って不思議だね」
と言葉を重ねた、
再び、菜奈美は沈黙したので、
孝志は、
「でも、普通のサラリーマンのお父さんは、お母さんと結婚したんだから、菜奈美も気にしなくていいんじゃない」
すると菜奈美が静かな声で言った、
「気にするだけならいいけど・・・」
と意味深な事を言う、
孝志はそんな菜奈美を羨ましがって、ねたんむ人がいて、いろいろあるのかなと思い、
「僕が聞きたかった事は、それだけ」
あてのないドライブの途中でコンビニに立ち寄り、
飲み物を買って、
車に戻ると孝志は教習所の話題を振ってきた、
「やっぱりオートマ限定?」
菜奈美は孝志の問いかけに、
「マニュアル車に乗らないかもしれないけど、マニュアル車にも乗れる様に、限定のない免許を取ろうと思っています」
すると孝志は感心した様な声を上げて、
「へぇー!そうなの、普通自動車の免許なんだから何でも乗れる様にしておくって事?」
菜奈美はその通り!と思い、
「限定されるって、不本意です」
すると孝志が微笑みながら、
「それ、分かる、自分で選択できるのなら限定は選択しないよね」
菜奈美は、孝志のその言葉にいい響きを感じて、
孝志を見つめて、思わず笑みを浮かべて、
「そうです」
結局ドライブで一日中車でウロウロして、
幹線道路沿いのファミリーレストランで夕ご飯を食べて、
帰る道、
車の中は静かだった、
菜奈美はこのままお家の送るの?と思っていると、
孝志が唐突に、
「ちょっと、ホテル覗いてみる?」
そう言って幹線道路のバイパス道路からそれて裏道に入ると、
なるほどそれらしき外観の建物が暗い中に建っている、
近付くと二つ並んでラブホテルが建っている、
「どっちでもいいかな?」
孝志はそう言って手前に建っているホテルに車を入れると、
駐車場は半分以上車で埋まっている、
菜奈美はいつもの平静の鎧の内側で、少し興奮をした、
孝志の覗くだけと言うのは、彼の優しさだと思っている、
それに流石大人の男は大事な用事を忘れていなかったと菜奈美は事の行くへを見守った、
車を駐車枠に入れると、孝志はエンジンを切り、
「大丈夫?」
と声をかけてきた、
菜奈美は思わず頷き、
「大丈夫です」
と返す、
二人は車を降りると、
孝志が歩く後ろを菜奈美はついて歩く、
建物の玄関を入ると、間接照明を多用した、大人っぽい空間、
広くはないがエントランスホールになっていて、
孝志は勝手をよく知っている様で、内側の壁づたいに進むと、
壁に埋め込まれた、透過光の溢れるパネルがあって、近づくと部屋の様子の写真が並んでいて、
その部屋の中から選ぶ様になっている、
そのパネルの前に立ち、孝志が、
「どの部屋でもいいかな?」
菜奈美はパネルの数種類のベッド周りが分かる部屋の写真を一、二枚見たが、
孝志に頷いて答えると、
孝志はさっさと区分けされた部屋の写真を一つ押してパネルの脇に立ち直して、
壁の金属製のパネルからレシートの様な紙切れが出てきて、
孝志はその紙切れを抜き取った、
すると、
「三ゼロ七号室」
菜奈美にそう言って、歩き始めた、
菜奈美は孝志のその後をついて歩くと、エレベーターの扉の前に立ち、孝志が登りのボタンを押した、
菜奈美はどう見ても、孝志の身のこなし、所作が慣れていて、絶対このラブホテルを使い慣れてると思うと、やきもちを感じたし、大人の男性なんだとも思い、
デートの時、子供の様な表情を見せるが、あれは自分を楽しませるための演出、演技と思い、
菜奈美は、自分と孝志の出会いは、運命だったのかなと思い、
この運命に従おうと思った。
つづく。