コンビニの中、

菜奈美は温かい紅茶のペットボトルを取ると、

隣にいた谷原孝志が手のひらを出してきた、

奢ってくれると言うことかと思ったが、

「大丈夫です、自分で払います」

と言うと、

谷原孝志は微笑んで、

菜奈美の手から出たペットボトルのキャップの部分を指先でつまんだ、

指と指が触れる、

「デート気分を味わってくれるだけでいいから、奢ってもらって下さい」

そう言ってペットボトルを手のひらから上に引き抜いた、

温かいペットボトルがあった余韻より、指と指が触れた余韻が心の中で共振している、

孝志はそのままレジに進む、

菜奈美は噂通り、奢るんだなと思い、

男の人も大変だと思った、

精算が終わり、孝志はレジ袋も使わず商品をそのまま持ちコンビニを出る、

菜奈美もその後につづく、

店から出ると谷原孝志は紅茶のペットボトルを菜奈美に差し出す、

菜奈美はそれを受け取り、助手席のドアに向かう、

気にする様な事ではないが、指先が触れ合った、

駅前で車に乗り込んでからここまで、

もう一時間くらい過ぎたかな、谷原孝志は差し支えのない会話をしてくれる、

コミニケーションを取ろうとしてくれているのは分かるし、私に無理に話をさせようともしていない様に思う、

再び車は走り始めた、

市街地を抜け海沿いの防風林が見えて来た、

最後に家族でこの海水浴場に来たのはいつだったかな?と菜奈美は記憶を遡っていると、

「あのさ、女の人にあまりこう言う事言っちゃいけないのかもしれないけど」

と谷原孝志が話しかけてきた、

菜奈美は何の事だろうと聞いていると、

谷原孝志は用心深そうに言った、

「かえって気を使わせるからさ」

菜奈美は気を使わせるから言っちゃいけないって、何を言おうとしているの?

と思って行方をうかがっていると、

「美人な女の人に美人て言うと、謙遜しないといけないと思ってね」

菜奈美はそれかと思ったが、先回りされて謙遜しないといけないなんて言われると困ってしまう、

そう思っていると、

「菜奈美さん本当に綺麗ですよね」

菜奈美は来た来た、と思って、

「美人じゃないです」

と謙遜するしかない、

すると谷原孝志が、

「そうですよね、はい美人ですとは言えないもんね」

菜奈美は返す言葉がない、

すると谷原孝志が

「僕は、菜奈美さんが謙遜するのを知ってました、はい美人ですなんてあつかましい事言わない、ちゃんとした女性って分かってました」

そう言って、谷原孝志は声を小さくして言った、

「菜奈美さんは美人ですねって言っても謙遜しないといけないと気を使うだろうなって分かってました、だから僕には気を使わなくていいから」

そう言って谷原孝志は間合いをとって、

「僕だけには正直な気持ちを教えて、美人ですね」

菜奈美はそう言われてもと思い、

「美人じゃないです」

と否定するしかなかった、

すると普通の声の大きさで、谷原孝志は言った、

「そっか、じゃブスと言う事にしますか」

ブスと言われるとさすがに菜奈美も心外な気持ちになった、

それにそんな決定的な事言う!と菜奈美が思っていると、

「菜奈美さんは認めてくれないけど、僕は凄く美人だと思ってる」

菜奈美はそこで気が付いた、谷原孝志は私を上げたり下げたりしていると、

それで菜奈美は問いかけた、

「じゃ、なんて答えるのが正解なんですか?」

すると谷原孝志は即答した、

「褒めてくれてありがとう、なんてどうかな?」

菜奈美はなるほどと思い、

「でも、ありがとうって言ったら、美人を認めたことになりません?」

すると谷原孝志は心の底から不思議そうに言った、

「どうして美人と認めちゃいけないの?」

菜奈美は困ってしまった、

返す言葉もなく困っていると、谷原孝志が再び小さな声で

「認めた方が楽になるよ」

そう言って小さな声で続けた、

「誰にも言わないから、僕だけには認めて」

谷原孝志は菜奈美をそそのかして来る、

しかも、誰にも言わないからって、発想が面白い、

いや!可愛い人だと菜奈美は思い、

菜奈美は肩をすくめて、

小さな声で問いかけた、

「本当に私が認めたと誰にも言わない?」

孝志は運転しながらチラリと菜奈美を見て、

視線を前方に戻してから、

やはり小さな声で答えた、

「誰にも言わないよ」

菜奈美は凄い演出をする人だと思い、

「そこそこ美人だと思っています」

悪魔の質問に悪魔の応答をしてしまった、

悪魔の仲間になった様な気がして、

そそのかされてしまった事を楽しんでいる気分、

後悔は無い、

菜奈美の答えを聞いた谷原孝志は前方を見ながらにんまりと微笑んで、

「二人だけの秘密」


つづく。