孝志は車のドアを開けて自分の車に乗り込む直前、

車の屋根越しに永沢菜奈美を見た、

彼女は足元を見ながら、歩道から車道に降りると、

コートを脱いで左手に抱えた、

美しい黒髪、

身長はほとんど孝志と同じ、と言う事は百六十七センチくらい、

見とれているのを菜奈美に見られない様に孝志はさっさと乗り込みドアを閉めた、

菜奈美も席に付き車のドアを閉めた、

孝志はそこで声をかける、

「コート後ろの席に置きますか?」

菜奈美はチラリと孝志を見て一瞬目が合うと目を逸らした、

「いいえ、大丈夫です」

そう言って左の肩口のシートベルトに目をやり、シートベルトの金具を引っ張り出した、

孝志も自分のシートベルトを引っ張り出し、

菜奈美がシートベルトをかけ終わるのを待った、

膝の上に畳んだコートやバッグを置いていてその手元が見ずらいのか、

菜奈美が手間取っているので、

孝志は、

「シートベルトのホルダー、見ずらいよね」

と声をかけたが、そうしているうちに菜奈美は金具をホルダーに留めた、

孝志が菜奈美のそれを待っていた事に、菜奈美が気付いたようで、

表情を少し変えた、多分お礼を言うべきかこれくらいの事なら言わなくてもいいか、みたいな見極めの表情、

孝志も別にこれくらいの事でお礼なんかいらないと思い自分のシートベルトを留める、

孝志は中古で買った古い車のエンジンをかけて、

「じゃ、車出します」

そう言って駅前を出た、

孝志は今までに、三人の女性と付き合った事があり、出会ったばかりの女性を初めて隣に乗せて、

ドライブをする経験が三回あるが、緊張もするが緊張より期待の方が大きい、

彼女になって欲しくて、ドライブに誘うわけで、

住宅街の外側の道を走りながら、

孝志は語り出した、

「今日は少し足を伸ばして、潮見海岸のそばにある、道の駅まで行って、そこの海鮮丼が美味しいのでそれをお昼に食べに行こうと思っています」

孝志はそう言い終わり、運転しながらチラリと助手席の永沢菜奈美を見ると、

菜奈美は真っ直ぐ前を向いたまま頷いた様に見えた、

孝志も運転中なので菜奈美に見とれている場合じゃない、

すぐ前方に視線を戻す、

車内には、お互いよく知らない男女が乗っている緊張感があり、

男でしかも年上の孝志がリードするのが当たり前だろうと言わんばかりの静けさ、

強迫観念を感じながら孝志は声をかけた、

「潮見海岸は知っていますか?」

すると菜奈美が答えた、

「はい、子供の頃家族で海水浴に行きました」

孝志はそれを聞いて、

「この辺りに住んでいる人は大抵、海水浴は潮見海岸ですよね」

そう言って孝志は続けた、

「その近所の道の駅は行った事ありますか?」

すると菜奈美は答えた、

「道の駅があるのを知りませんでした」

まるで事務的な会話が続くが、孝志は最初の三十分か一時間くらいはこんなもの、

この間の電話で猫を被ると言っていたが、

猫を長時間被っていると疲れてきて、猫なんか被っていられなくなるもので、

お互いに猫を被るのをやめるタイミングを探し始める、

でも菜奈美が猫を被っていたいと思ってるうちはそれに付き合った方がいい、

「僕、高校の時あの住宅街のハズレの辺で住んでたんですよ」

菜奈美は

「そうなんですか」

と答えた、

「だから、あの美容室も知ってて、最初は母親が通ってたんです」

菜奈美の相槌が入り、孝志は続ける、

「子供の頃は散髪屋に行ってたけど、ませて来るとね、美容室に行きたくなる年頃って言うか」

そう言うと菜奈美は

「そうですね、そう言うのありますね」

そんなぎこちない会話がつづく、

道は幹線道路のバイパスの国道を走り、

小さな峠を越えて田舎の風景が広がる平野に出ると標高が高いからか海が遠くに見えた、

標高の低いところまで降りて来ると建物の中を走る道、

コンビニが見えてきたので孝志は

「あのコンビニに寄り道します」

孝志はそのコンビニの駐車場に車を停めた、

もう小一時間、ここまで走ってきたが、

菜奈美は手強い、なかなか緊張を解かない、

いろいろ話しかけて笑いのツボを探ってみたりもしたが

話が合わないのは致命的、

いくら美人でも相性が合わないのなら一緒にいてもつまらない、

孝志は途方に暮れた。


つづく。