鬼ヶ島のツノ村、 

オジはツノの長老達がああでもない、こうでもないと話し合って黙り込んでしまったのを、 

眺めていた、 

お昼前、突然ツノ村に首から布を垂らした人間の男、五人が船着場の方から上がって来て、 

ツノ村は一時パニックになったが、 

オジとラトが一旦その男達をツノ村から船着場に下る道に戻らせて、 

ツノ村から出てもらい、 

男達の話しを聞くと、 

鬼達に本土で暮らしてもらいたいと言い出した、 

オジは本土に渡れると聞き内心では大喜びをしたし、 

みんなも本土に行きたいはず、 

残りたい者は残ればいいと思い、 

首から布を垂らした人間の男達をツノ村の手前の道に留めて、ラトをその場に残して、 

一人ツノ村に戻り、 

首から布を垂らした人間の言い分を、 

ツノの長老達にそれを伝えるとこの様だ、 

「桃太郎との約束がある」 

とか 

「人間の罠だ」 

とか、悪い事しか言わない、 

そして全員黙り込んでしまった、 

オジは長老達の気持ちは分かるが、 

例え長老達が拒否しても俺は自分一人ででも本土に行くつもりと黙っていると、 

するとラトがツノ村に一人で上がって来て、 

「首から布を垂らした人間が今日は一旦帰るが、お土産があるから船に取りに来てくれって言ってるぜ」 

と伝えた、 

長老の一人がラトに、 

「お土産って何だそれ?」 

ラトは内容までは聞いてこなかった様で首を横に振った、 

違う長老の誰かが、 

「頼りない奴だ」 

と文句を言うと、ラトは少しふくれた様な顔をして、 

「じゃ、内容を聞いてくるよ」 

と返事をしたので、 

オジは、 

「いや、二度手間だから、ペタを何人か連れて行って、そのお土産を運ばせよう」 

そう言って、オジはペタ村に行き十人ほどペタを連れてツノ村に戻りそのまま、 

ラトと共にペタ達を連れて、 

船着場に行く道を下った、 

途中でラトが、 

「この辺で待たせてたんだけど」 

と言ったが、オジは、 

「首布(くびぬの)達、船に戻ったんじゃないか」 

と言ってそのまま下って行き、 

船着場に出ると、 

首布達は他にも十人くらいてそこには二十個ほどの段ボール箱が置いてあった、 

オジはツノ村の外で話しをしていた男を見つけて、 

「箱の中身は?」 

と尋ねると、 

その男は一つの箱の前にしゃがんで、 

箱を一つ開けて中から、 

オジが見たことのない物が出てきた、 

彼はそれをオジに見せながら、 

「これをお湯で温めて、この切り込みの所を両手で引きちぎれば袋の口が開くから中身を食べられる、結構上手いぞ」 

その男は袋を開ける仕草をして、 

そう説明をした、 

この男、確か名前をミネ何とかと言っていた、 

「名前、ミネだったかな?」 

すると相手の男が、 

「峰山だ、君はオジだったな?」 

オジは峰山をじっと見つめてから、 

「俺はオジだ、ミネ・・・」 

と名前を確認をしようとすると、 

「ミネでもいいぞ、また来るからさ、オジ!」 

峰山はそう言って微笑んだ、 

太一と同じ様に微笑んだ、 

オジも微笑み、 

「長老達は俺が何とかする、俺は本土に行きたいんだ」 

すると峰山は微笑みを嬉しそうな表情にして、 

「そうか、頼むよ、俺と君で話しを進めよう、残りたい鬼を無理やり本土に連れて行くつもりはない、ただ一人でも多くの鬼を本土に連れて行きたいだけだ」 

彼はそう言って、ペタの方を向き、 

「君達も本土に行きたいだろう?」 

ペタ達は今初めて聞いた話しで戸惑っているので、 

オジは、 

「ミネ、彼らには俺が後でちゃんと説明するから、大丈夫だ」 

そしてその首布達は船に乗り、 

自分達で手際よくロープを外し、 

離岸し始めた、 

峰山が船の手摺越しに、 

「また来るからな!」 

そう叫ぶのでオジは思わず、 

「ああ、待ってる!」 

船は行ってしまった、 

あっと言う間の出来事だったが、 

本土に渡った後の事が少し心配になったが、 

「オジ」 

とラトが呼ぶので我に返り、 

「何だ」 

と返すと、 

「本当にあっちに行けるのかな?」 

とラトが不安そうな顔で問いかけてきたので、 

オジは自分の心配している気持ちを見せつけられた様な気分になり、 

思わず笑ってしまった、 

あんなに本土に行きたがっていたのに、 

俺は何を心配しているんだと自分を笑ってしまった、 

「まぁ、様子を見ようぜ」 

そう言ってオジはペタ達に向き直り、 

「みんなも本土に行くかどうするか自分で考えたほうがいいぞ」 

そう言って、 

「箱を運んでくれ」 

 

 峰山は潮風で肩越しになびくネクタイを胸元に直した、 

船は甲板に椅子が三十席程並んでいて、屋根はあるが、 

壁は無く吹きっさらし、 

景色を見せる遊覧船のようだ、 

夢から覚めて、夢を見ていたと振り返る時の憂鬱に似た気分だった、なのに隣の席に座る同僚が興奮気味に話す、 

「鬼でしたね!本当にいたんですね」 

数日前から上司に言われて、 

岡山の港近くのホテルに泊まり、 

厚労省が用意した船で土産物持参で、 

上司からはとりあえず挨拶をしてこいと言われて、鬼ヶ島に立ったが、 

初対面の最初だけ、 

鬼を驚かせてしまった様だが、 

鬼達が意外と人馴れしていて驚いた、 

非常事態が起きるかもしれないと思い大所帯で来たが、 

なんてことはなかったが、 

なんてことがなかったのが信じられない気分だった、 

人間の服を着ていたし、 

頭に角があると思っていたが、 

退化して目立たなくなっているのかな、 

と考えていると、 

船で待機していた上司の藤原が、 

峰山の空いている方の隣の席に座り、 

耳元に話しかけて来た、 

「青い鬼、お前を見つけて話しかけて来た様に見えたが、友好関係を作れそうだな」 

峰山も厚労省に入ってもうすぐ五年、 

まだまだ現場仕事に回される、 

鬼の保護事業が軌道に乗れば、 

厚労省は予算を確保できる、 

下っ端の俺たちに危ない橋を渡らせて、 

藤原さんは船の上で高みの見物、 

今朝、岡山の港を出る直前、 

くじ引きで先遣隊の五人を決めた、 

丸腰で何だかよく分からない生き物と対峙しないといけないわけで、昨日自宅を出る時、 

遺書を書いておくべきだったかなとそこまで考えていた、 

「上手く行きそうだ、みんな驚くぞ」 

朝、不安そうにしていた藤原さんは上機嫌でそう言った、 

「大きな事業になる、三十年後の再就職先の立ち上げに参加出来るなんて嬉しいよ」 

風が吹きつけているのに、 

藤原さんのその声はハッキリと聞こえる大きな声だった、 

将来の天下り先になると自信満々のようだ、 

しかし、あれを本当に本土に入れるのか、 

峰山は仕事だから鬼の移住事業を成功させないといけないのだが、大丈夫なのか心配だ、 

夢から覚めた憂鬱の原因の正体、 

それは、 

見た目からして人間とは違う、 

肌の色をとやかく言うとそれこそ差別になるから絶対口には出せない、 

鬼や鬼ヶ島はタブー視されていて今まで深く考えてはこなかったが、 

それに朝、船着場から真っ直ぐ登る獣道から出た村の様子、 

こう言っては何だが今時未開の地に言ってもあんな集落はお目にかかれない様な村があって、 

動画サイトで見た日本の終戦直後のバラック建を思わせる様な小屋が並んでいた、 

民間の保護団体が鬼の面倒を見ているらしいが、 

あれは酷すぎる、 

金、予算がないのなら地方や国に働きかけて何とかしてもらうアクションを取るべきなのに、 

どうしてそうしなかったのか疑問だ、 

言葉を使って意思の疎通が取れる以上、 

野生動物とは言い切れない、 

不思議な生き物だ、 

峰山は自分の中に次から次へと込み上がってくる言葉を受け止めるのが精一杯で、 

いろんな感情に混乱しているが、 

それを表には出せないでいた、 

仕事だし、厚労省の役人の将来がかかっている訳だし、 

組織の一員として責任のある行動を取らないといけない、 

と自分に言い聞かせた。 

 

 鬼ヶ島のツノ村、 

ペタ達に首布が持って来たお土産を例のプレハブ小屋に運ばせて、 

そのペタ達をペタ村に追い返すと、 

オジはプレハブ小屋の中で長老達を相手にしていて、 

ツノの長老のオミに、 

「食い物らしい」 

と呟いた、 

オミは、長老の中では若手だが、 

一番癖の強いツノで、ツノらしいツノだ、 

今のところは長老の中でも若手なので本人もやりにくそうだが、 

そのうち鬼を絶滅させてしまうかもしれないくらいの酷い奴だ、 

プレハブ小屋の中にいる長老のうちの一人が、 

「じゃ、昼も近いし食べてみようや」 

それでオジは一言言った、 

「首布の男が言うには温めて食べるらしい」 

すると違うツノが、 

「隣のプレハブに鍋があったぞ、水もここにあるし」 

オジは答えた、 

「じゃ、お湯を沸かす段取りします」 

と言ってもう一つの隣のプレハブ小屋に入り鍋を持って出て来ると、 

そのプレハブ小屋の脇の軒下に回り込み、 

一旦鍋を地面に置くと、 

そこには大きな石が五つほど転がっていて、 

その石を鍋を乗せられる様に組み直して、 

振り返ると長老達自ら水のペットボトルの入った段ボール箱、 

別の長老はその食べ物の箱、 

もう一人の長老は古着の入った箱、 

とそれぞれ箱を持って立っていて、 

最後の長老は百円ライターを持って立っている、 

オジは食い物と聞くと素直な奴らだと思いながら、 

年上の長老達なので、 

「箱置いてください」 

そう言うと、 

長老達は箱を地面に下ろした、 

三十人のツノの人集りの中オジはまず古着を石組みの中に突っ込み、 

鍋にペットボトルの水を入れて、 

例の袋に入った食べ物の袋を鍋の大きさに合わせて五つ、 

水の中に入れると、 

古着の端にライターで火をつけた、 

古着はいつも通り薄黒い煙を立てながら燃え始めた、 

水と食べ物の袋の入った鍋を石組みの上に置き、 

オジはその煙の中の鍋を見ていると、 

オミが 

「その袋の中に食べ物が入っているのか?」 

と再び尋ねてきた、 

オミはその事が信じられない様だ、 

しかしオジも初めて見る物で、 

「人間がそう言うから・・・」 

としか答えられない、 

するとオミは箱の中から食べ物が入った袋を一つ取り上げて袋の外側の写真を見つめて、 

「これが入っているのか?」 

と問いかけてくる、 

その顔は不思議そうで、 

でも何処か拒否している様な信じていない様な表情、 

それでオジはオミに問いかけた、 

「人間が本土に来て欲しいって、言ってたけどどうするんですか?」 

オミはオジを見上げた、 

オジの親くらいの年のオミはオジを睨んで、 

「本土には桃太郎みたいな奴が沢山いるんだぞ、本物のツノを皆殺しにしたんだぞ!」 

オジはオミの怒鳴る様な言い方に身をひそめると、 

長老のクトがオジとオミに歩み寄りながら、 

「オジ、人間は俺達鬼を本土に呼んでどうするつもりだ?」 

と尋ねてきた、 

オジは峰山が本土に鬼を連れて行きたい事は分かっているが、 

本土に行ってどうなるのかまでは聞いていないので、 

「クト、僕もそこまでは聞いていないです、でもまた来るって言ってたからその時にちゃんと人間の言い分を聞きましょうよ、確か本土に行きたくない鬼を無理に連れて行くつもりは無いって言ってたから、本土に行きたい鬼だけ連れて行くつもりだと思います」 

するとクトが、 

「もしペタの何人かが本土に行くって言い出したら、ここはどうなる?」 

そうだ、ペタに芋を作らせたり魚を獲らせている、 

その人数が減れば、食い物が減る、 

それでオジは答えた、 

「じゃ、クト、足りなくなった食い物は首布達に貰いましょうよ」 

クトは嫌な顔をして、 

「そんな上手く行くか?」 

オジはそんな事俺に言われても困ると思いながら、 

「首布がまた来るって言ってましたから、その時に聞いてみましょう」 

とそんなやりとりをしていると、 

火にかけた鍋が沸騰してグツグツ音を立てはじめた、 

オジは鍋の中を覗いて、 

「熱いから、入れ物とかスプーンとか欲しいですよね」 

するとツノの人集りが一斉に散って自分の入れ物やスプーンを取りに行った、 

オジも自分の小屋に戻り入れ物とスプーンを持って、 

小屋から出ると、 

プレハブ小屋の鍋を炊いてるところにもう数名のツノが集まっていて、 

鍋を取り囲んでいる、 

すると、 

「熱い!」 

と叫ぶ声が聞こえた、 

オジは誰かが袋を取る為にお湯に手を突っ込んだのかと思い、 

馬鹿な奴だと思いながら近付いて行くと、 

オミが右手を胸の前で振って、 

熱い熱いと言いながら顔を歪めて大騒ぎをしている、 

オジは思わずオミを見ると、 

オミは熱いのを我慢しながら必死な顔でオジを睨み返してきた、 

オジは表情で気持ちがバレたかなと思い、 

目を逸らせた、 

すると他のツノがプレハブ小屋から大きな爪の付いた挟む物を持って出てきて、 

「これなら熱くないんじゃないか」 

と言って、 

煮え返る鍋の中からその袋をつまみ上げて、 

そばにいたツノの入れ物に袋ごと入れた、 

オミも気を取り直して自分の入れ物に袋を入れてもらうとオジのそばに近づき、 

「で、どうすんだ?」 

と尋ねてきた、 

オジは峰山に聞いた通り、 

袋の端にある切り込みの上下を左右の手の指で摘んで引きちぎると、 

袋はあっけなく口が開いた、 

すると袋の中から嗅いだことのない匂いがした、 

流石のオミも言葉が出ない様だ、 

何とも言えない香りが辺りを支配すると、 

全員静かになり、 

鍋が沸騰しているグツグツと言う音だけが聞こえる、 

すると、ツノの誰かが、 

「早く次のを温めてくれよ」 

と言ったのでオジも我に返り、 

大急ぎで残りの茹で上がった袋を長老達の入れ物に入れると、 

次の袋を鍋に入れて、お湯も少し減ったので水を足し、 

燃料の古着も袖から組んだ石の間にねじ込み、 

次のが茹で上がるのを待つ間、 

オミを見ると、 

オミは目を閉じて咀嚼している、 

みたことのない表情だ、 

スプーンを持つ右手も口元のかたわらに置いたまま 

全神経が舌に集中していて味わっている表情、 

オジは思わずオミに尋ねた、 

「どうですか?」 

オミは口の中のものを飲み込み、 

オジの質問に答えるつもりもない感じで、 

スプーンですくい口に入れた、 

オジはそれを見て、 

どうですかと聞くまでもない、美味しいはず、 

袋を開けた時の香で分かる、 

上手いに間違いない、 

一度に五袋温める、 

それを三度して、 

四回目の温めをしている時に、 

先に食い終わったオミと他の長老が口喧嘩をしている声が聞こえた、 

オジはあまりオミに関わりたくないので、 

袋を温めることに専念しながら、 

オミの声に聞き耳を立てた、 

どうやらもう一つ食わせろと言っているようだ、 

何気なくオジはその方を見ると長老三人がかりでオミの相手をしている、 

すると、 

ツノの集まりの向こうにペタが二人立っていて、こっちを見ている、 

オジはそうか、 

芋汁を持ってきたんだなと思い、 

長老達は人間に貰ったこの食い物をペタ達にも分けるのかどうするのか気になった、 

気になったが体が動かない、 

もしかするとペタ達には分けないかもしれないと思っていると、 

もう一つ食わせろと言っていたオミがペタ達に気付いた、 

オジは嫌な予感がして鍋の前から立ち上がり、 

心の中で逃げろと叫んだ、 

するとただならぬ雰囲気を感じたのか、 

二人のペタは同時にツノの村の外に向き直り走り出した、 

命の危険を感じて走るペタの後ろ姿をオジは見ていられなくて、鍋に視線を落としてツノの誰も深追いしない事を願った、 

すると、 

オミの声がした、 

「これ、ペタにも分けるのか?」 

と不満そうに怒鳴ると、 

ツノの誰も答えない、 

静まり返るツノ村、 

オジは視線を感じて顔を上げると、 

ラトと目が合った、 

子供の頃と同じ悲しそうな顔を見せるラト、 

オジはラトの目を見て自分も悲しそうな表情をラトに見せた。