鬼ヶ島は瀬戸内海にあり温暖だが、

さすがに冬になればそれなりに冷える、

朝からお昼の炊き出しを作るために、

湧き水をくみ、

芋を洗い、

今朝たまたま釣れた魚や、

干して保存していた魚などを、

海水の塩水で少し味を付けて炊く、

鬼は元々生でも食べられる生き物だが、

鬼衛集が炊いて加熱する事を教えた、

加熱するといろんなメリットがある、

雑菌や寄生虫を殺したり、

葉っぱや根っこも食べやすくなり、

体に吸収もしやすくなる、

しかしこの加熱する為の燃料が後々鬼衛集の負担になってしまった、

それでも加熱して食べる事で鬼達は健康を壊す確率を下げられるし、

一日の労働時間が長くなり、

食べ物の獲得効率も良くなった、

でも冬の間はその食べ物の獲得の効率が悪くなる、

屋根だけの炊き出し小屋の中に十人くらいの大人の男女の鬼が居て、

井戸端会議をしながら炊き出しの準備をしている、

お昼も近くなってきたので、

一人の男のペタが言った、

「そろそろ火をつけようか」

古着を短冊に切った布の端にいわゆる百円ライターで火をつけると、

微かに目に見える煙を上げながら、

短冊の布が燃え始めた、

事前に用意していた石積みのかまどの中の古着の山を左手で少し持ち上げ、

持ち上げて作った隙間に、

短冊の種火を入れると、

その種火は古着に燃え移り、

水の入った大きな鍋をかまどに乗せて料理が始まった、

小屋の中にかまどが五つあり、

五つとも同様に火を付けて鍋を乗せる、

一つのかまどだけは、

寸胴鍋の大きい物がのせてある、

古着の中には凄い煙が出る物もあり、

小屋の中が煙でいっぱいになり小屋の外に出て煙がおさまるのを待つ時もあり、

芋や魚の具材をさっさと鍋に放り込んでゆく、

案の定小屋の中は煙が立ち込めて、

その十人くらいの鬼達は、

小屋から出て、

小屋の外から、

小屋の屋根を包み込んで、

煙が曇り空に登ってゆくのを全員で見上げた、

すると青いダウンの上着を着た赤鬼の女のペタが、

「火力が上がれば煙もましになるんだけどね」

と呟く、

すると作業服のブルゾンを着た男のペタが、

「食い物は冬の間持ちそうか?」

どう見てもデザインの古いスキーウェアーを着た男のペタが返事をした、

「いや、毎年キツイからな」

すると青いダウンを着た女のペタが隣に居る女のペタに、

「ツノに相談しないといけないね」

それを聞いていたスキーウェアーのペタが、

「ツノもどきに何を言っても無駄さ、役立たずで棒を振り回すしか脳がないから、相談にならないよ」

すると青いダウンの女が、

「腹空かせると何するか分からないよ」

と言うと全員沈黙したが、

スキーウェアーの男のペタが

「あいつら何の役にも立たないくせに腹だけは減るから困ったもんだよ」

すると作業着のブルゾンを来た男が、

「昨日までペタだったのに、ツノに呼ばれて次の日からツノをするってどんな気分だろうな」

スキーウェアーのペタが、

「偉そうにできるんだから、気分いいだろうよ」

ブルゾンのペタが、

「血も涙もないな、外道だ」

スキーウェアーのペタが、

「ゴミ、クズ野郎だ、地獄に堕ちろって言いたいね」

鬼のペタ同士の罵りは終わる気配がない、

 

 その頃のツノ村、

夏の間は裸足で過ごすが、冬場だけは人間に貰った靴を履いて過ごす、

勿論上着やその下にも重ね着をして、

体温を奪われないようにしている、

オジは靴を履き一人で住んでいる掘建小屋の入り口に内側から立て掛けた板を固定している紐を解き、その板を持ち上げ入り口横の内側の壁に立て掛けた、

村は木々に囲まれていて、

空は曇っている、

しかし空を覆う雲の中、

太陽の光が透けて明るい部分がある、

そこに太陽が上がっている様だ、

オジはそろそろ飯時だなと思い、

ツノ村の入り口にある小屋に行くと、

小屋の前には、ラトが居た、

ラトは薄い色味の赤鬼でオジは青鬼、

二人共、同じ頃に生まれた同世代、

二人共肌の色味が薄くて、

色味の濃い年上の鬼からよくからかわれた、

一緒に畑の水撒きもした、

その小屋の前には二人しかいない、

「もう来るかな?」

ラトが昼飯がもう直ぐ来るかなと問いかけて来た、

その声や言い方が子供の頃の声と同じでオジもそれに合わせて子供の頃の様な言い方で

「腹ペコで待ち遠しい」

と返事をした、

ラトの方が先にツノの村に行ってツノになり、

後からオジがツノになった時、

ツノの役割を聞かされて驚いた、

ペタが怠けない様に仕事をさせるのが俺たちの役目だと言われた、

確かに自分もペタの頃ツノはそう言うものだと思っていたが、

ツノからハッキリ言葉でそう言われて、

その立場に立たされてみると嫌な感じがした、

するとツノの村の外から複数の足音が近づいて来るのが聞こえる、

ラトが、今さっきとは違うツノの声で言った、

「来たか」

ラトはその小屋の壁に立て掛けていた棒を取り、

ツノ村の入り口に向かって立ち、

棒を地面につき、

ふんぞりかえる様な立ち姿、

オジもそうしなくてはと思い、

地面と平行に持っていた棒を地面につき立てる、

三十人分の芋汁が入った寸胴鍋をペタが二人がかりで天秤棒にぶら下げてやって来た、

先頭を歩くペタがラトとオジの両方に目配せをする、

その目つきは俯き加減で、

叱られている子供が親を見る時のそれに似た、

小心な視線、

ペタは俺を怖がっている訳じゃない、

俺が持っているこの棒を怖がっているだけ、

あるいは、他のツノがたまに脅していて、

それを思い出し弱気な顔をしただけ、

そしてオジは、俺はこれを一生やり続けないといけないと思うとうんざりした、

しかしツノの中にはペタをいじめて楽しんでいる奴も居る、

二人のペタは小屋に入り、

息を合わせる声を出して天秤棒を肩から持ち上げ、

その小屋の中にある台の上に鍋を下ろす、

ラトがその様子を偉そうに見ている後ろ姿をオジは見て、

ラトも無理してそんな偉そうにして可哀想な奴だと思ってしまった、

そのペタは上目遣いでラトを見て小屋から出て、

二人のペタはツノの村から出て行った、

挨拶も言葉も何もない、

オジはあの二人のペタが俺を見て何を思っているかオジには分かる、

ペタのくせに偉そうにしやがって、

と思っているはず、

俺もそう思っていたのだから分かっている、

ラトは小屋に入り鍋の蓋を開けて中身を見ると湯気が立ち登り、

蓋を閉めると、

小屋を出て、

子供の頃の声に戻り、

「みんなを呼びに行こうか」

とオジに言った、

こんな嫌な気持ちになってもペタが作った芋汁しか手に入らない、

オジは以前から思っていた事を思い切って言ってみる事にした、

「な!ラト、ペットボトルを沢山集めれば首から上くらいだったら海に浮くと思うから、それでこの島を出ないか?」

ラトは驚いた様な顔をして、

「俺もこんな島出たいけど、出てどうする?」

そう言ってラトは子供の頃に見せた困った様な顔をした、

オジは微笑んで、

「ペタでも人間と同じものを食べれば力が倍になるらしいから、人間なんか蹴散らせるんじゃないかな?」

ラトは一瞬微笑んだが、

「水のペットボトルをどうやって集める?援助物資は長老たちがガッチリ管理しているし」

と言った、

ペタ村で芋汁を作る小屋で水を使い、

空のペットボトルは料理の火の火力をあげる時に使う、

オジは、

「ペタ村に言って取ってくるしかないな」

そう言って、

「ペタ達にペットボトルを燃やさずに貯めておけって言えば貯めるんじゃないかな?」

ラトは上手く行くかなと疑う様な顔を見せて、

「でペットボトルをどうすんだよ?」

オジは考えていたアイディアを説明した、

「薄い布のシャツの裾を絞って結んで袋にして、蓋をしたペットボトルをいくつか掘り込んで、首とか袖からペットボトルが落ちない様に紐か何かで蓋をして、海に浮くんじゃないかな」

ラトはオジの話しを聞きながら頭の中でその方法を想像しているようで、

表情から力が抜けていた様だが、

我に帰り、

「上手く行くかな?」

と疑ってきた、

そしてラトは何かに気づいた様に表情を変えて言った

「そんな物に命を預けられないよ」