気づくと、アン・シャーリーが、私の傍らの草原に座っていた。

やせっぽちでそばかすで赤い髪の毛の。色が抜けるほど白く、大きく澄んだ瞳の。でも、そんな特徴で彼女だとわかった訳ではない。私たちは、本当は初対面じゃないから。昨晩、本当に出会ったのだから。

 

私たち三人は、『きらめきの湖』へと向かった。高原のチトウと呼ばれる、池のような、小さな水溜り。でもそこは、どんな宝物よりも美しかった。見たことのない、地中海のエメラルド・グリーンよりも。

 湖面のさざ波は、妖精のため息で現れ、湖底に差す日差しは、ギリシャ神話のアポロンが放つ矢のように燃えていた。

 

『妖精の丘』では、優しいまどろみが私たちを迎え、高山植物の間に寝転ぶと、夢の中の夢か現実か分らない程、ゆったりとした甘い時間に包まれた。

 

『よろこびの白い道』は、花は咲き乱れていなかったけど、『歓喜』溢れる白樺の端正な並木だった。アンも『詩的な新しい名前』をずっと考えていた。

 

 少年が、突然、唐突にアンに質問した。今まで溜めていたものを一気に吐き出してしまうように。

「君はマシューのことをお父さんって呼ばなかったし、マリラのこともお母さんって呼ばなかったね」

「私、お父さんもお母さんも感じていたの、会っていたの。お祈りのときに。」

少年は、急に泣き出した。彼は母親を早くに亡くし、父親は病気で入院していることを話した。画家のお祖父さんに育てられているらしい。

「今日から、お祈りしてみるよ。君たちも一緒に祈ってくれる? 」

「もちろんよ。」

アンと私は同時に答えた。

 

 私は、素朴に訊いてしまった。

「あなたは、どこからきたの? どこに住んでいるの? 」

訊いた後で、少し後悔した。でもアンの答えはこうだった。

「私は、生きているわ。ただ、地上に生れ落ちなかったの。」

 少年がつぶやくような声で難しいことを言った。

「彼女は、想像・創造という『言葉』の中で生まれて、想像・創造という『言葉』の中で生き続けるんだ。神である言葉の胎内で。*」

 そうアン・シャーリーは、多くの少年・少女の心の中で生きている。あなたは天上で生まれ、本の中に生れ落ち、今も永遠の生命を得て天国で生きている。

 

 それから少年は、奇妙なことを私に言った。

「君はきっと、僕の、僕らのもとに生まれてくると信じているよ。」

 彼はそれ以来、姿を見せなくなった。私が泣かなかったと言ったら、嘘になる。