juice=Juiceのインディーズシングル「私が言う前に抱きしめなきゃね」の歌詞に
黒髪だからって真面目な子とか安心してたら誰かに取られるぞ
(漢字適当。酔った時にしか更新しないのであしからず。全般通して)
って歌詞があるけど
この歌詞の魅力は
「黒髪」でもない
「真面目な子」でもない
「誰かに取られる」でもない
これらは正直すっごく古臭い。
レストアした旧車のがまだ新しく感じられるくらいに。
でもまだ見せ場がある。それが
「ぞ」
である。
これが、古臭い中でもさらにアクセントになっている。
語尾の「ぞ」を付ける女の子に出会ったことがありますか?いいえ、ない。
でも僕はこの「ぞ」がたまらなく愛おしい。
なぜか?
推測では、
現実社会においての性別の中性化
に原因があると思われる。
前述した古臭い歌詞がなぜ古臭いのか?
つんく♂氏の学生時代に起因しているのであろう。
今はむしろ、年頃の女の子が黒髪にしていることは、ある種のわざとらしさを感じる。
このわざとらしさというのはもちろん個人的な感想ではなくて、つんく♂氏も分かっていることだろう。
若者が普通に髪を染める時代に「黒髪だからって」とわざわざ歌わしているからだ。
それがうそ臭い原因の最もたる部分なのだから。
しかし「ぞ」を使う。
「よ」でいい部分を。
リズぬ的な問題もあるのだろうが。
ここでの「ぞ」は圧倒的に古臭いしわざとらしい。
だが、この「ぞ」こそその前の歌詞のわざとらしさを一瞬にして敢えてわざと「わざとらしく」してくれているのではないか?
簡単に言ってしまえば「ぶりっ子」だ。
この「ぶりっ子」
これこそが保守的と言われるハロヲタが求める出汁ではないだろうか?
AKBは秋元氏が作詞を手がけているが、歌詞の内容は基本的に男目線。
ももクロは歌詞よりもノリを重視している楽曲が多い。
(どちらもあくまで印象)
結局のところ「男が求める女(さらに言えば少女)像をつんく♂氏は描いているのではないだろうか?(意識しているかはともかく)
今日は酔っ払ったのでこの辺で終わり。どうもありがとうございました。