うちのわんこ、小太郎が9月6日に亡くなりました。
13歳でした。
みんなには元気なコタしかみてほしくなくて言わなかったんだけどね、
3月10日、震災の前の日に、
わたしと普段通り元気にお散歩をしていたとき、
発作を起こし倒れました。
痙攣が止まらず、主治医には、これ以上続くならもう楽にさせます。
と言われました。しかし、すぐ目をさましました。![]()
発作によって右目も右耳も 右足も不自由になりましたが、
生きてるだけで嬉しかったし、家にいるだけで安心でした。![]()
毎日毎日歩く練習したの。
したら、すぐ歩けるように→走れるようになって、先生もびっくりしてた。
それで、元気にすごしてたらまた、
母の日に、発作を起こし、入院しました。
すぐ退院したら発作の繰り返しだったけど、
また、元気に戻ってきてくれて、また、歩く練習!
またまた歩けるように→走れるようになって、
公園にたくさん遊びにいったね。
毎日点滴をうちにいって、歩けなくてもお外にいって。
こたの手伝いをして、すごく幸せだった。![]()
だってね、コタがいえにきたときわたしはまだ7歳で、
コタに遊んでもらうばっかりで、なにもしてあげられなかったけど、
今は自分が面倒を見れるってことが嬉しかった。![]()
それからは次第に痴呆の症状がみられて、
夜鳴きしたり徘徊したりで、
いつもわたしとおねえちゃんとお母さんは当番制で面倒みてた。
最近は、ご飯の食べ方や、水の飲み方もわからなくなって、
でも栄養点滴はつかわず、
ひとつぶづつ、口にいれて食べさせていました。
でもいつもと同じくらい一生懸命食べさせても、体重がへるの。
その日の早朝まで、家を走り回ってた。
いつもよりご飯を食べて嬉しかった。
亡くなった日は、私はお稽古が夏休み期間で、
朝一通り面倒を見て、うとうとしていたら
呼吸がくるしい音がして。
みたらいつも嬉しいときや気持ちいときに発する
「ぐーん」ってこえとともに、息を引き取りました。
発作を起こしたときもわたしとふたり。
亡くなったときもわたしとふたりでした。
コタは、わたしの一番の友達で、家族でした。
ピアノを引いていたらお客さんになってくれたし、
踊ったら見てくれた。
本当に私の心の支えになってくれた。
まだまだ亡くなったことは信じられません。
大好きだった。こたと一緒に寝るとあったかくて幸せでした。
お世話になっていた看護婦さんが泣いていました。
みんなメールしてくれました。
人が大好きで、だからこそみんなに愛されていました。
自慢のわんこでした。
ずっと一緒にいたかったけど。。
こたの顔は穏やかで幸せそうで安心しました。
お散歩と、食べることが大好きだったね。
天国でもたくさん走り回って、
おいしいご飯食べてね。
コタと過ごせた13年間は宝物です。
1998 2/27 ~ 2011 9/6
づっといっしょ ![]()













