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前回よりひきつづき自分の4年分の体験や考察をまとめてきまーす。
唯識とはいったい何ぞや??からスタートします。
よくあるたとえとしては『すべては心の中にあり、逆に心の外にものは存在しない』という考え方。
これはよく考えさせられてるお題目。とくに甲殻機動隊やマトリックスを見た影響が大きい。実際士郎正宗やウォシャウスキー兄弟も唯識の研究をしたことがあるみたい。
(見たことない人も是非一度どうぞっ)
唯識の考え方としては、たとえばテーブルの上にコップがあるとします。果たしてこのコップは実在するのでか。こんな所からスタートします。
コップはたしかにある。でも実はコップを認識しているのに過ぎないのではないか?つまり、確かに眼で見て、触れる。そして、コップは確かに、あるんだとわかる(認識する)。
よく考えてみればまず目で見た映像と手で触った感覚という情報が脳に入ってコップを認識しているにだけです。素材にしたってそうで材質をガラスと認識しているけれども、それ自体はなんなのかなんてわかりません。また、物質と呼んでいるものが本当は何なのか実はわかっていないのではないでしょうか。
人間は森羅万象の物事を認識して、それらを区別してさまざまな名前を付けて識別し、その性質を(人間の認識の範囲内で)分析します。でも、それらは人間の認識の範囲で行われていることです。
人間の五感以上の感覚・感性を持った生き物(たとえば虫や動物・他の星の人)から見たらもっと違った世界が見えているかもしれない。もしくは何も無いかもしれない。
唯識は後者の(外には何も無い)の立場を取ります。
般若心経の無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意は実はこの唯識の考え方からきています。
よく偶然って言葉がありますよね。
たとえば宮城県仙台市に雨雲が立ち込めます。雷もなってます。けっこうビビリなので雷怖いです;;
そして雨粒の一つ一つが地面に降りだします。なかには”偶然に”僕に当たり雨宿りに追い込む雨粒もあったりします。
この”偶然”が曲者です。僕は自分の”判断”として雨宿りしました。でもこれって必然なんです。(必然的に長くなるので詳しい内容はバタフライエフェクトで調べてください^^;)
考え方をさらに掘り下げていくと、我々は実は生きているのではなく、生かされている、という結論になります。これが浄土真宗の「他力本願」です。(全て人頼みというのは本来の意味ではありません)
次に自分とは??ということについて考えます。
「これがボクの手です」と言ったとき、確かに「手」はありますが、自分はどこにいるのでしょう??
自分を指差している(認識してる)それは「脳」です。こうしてよく考えると”自分”は、指差しているだけでその人の情報やバックグラウンドや他の人との関連性などは何も無いことになります。
パソコンでいうところのポインタでエクセルのアイコンに触ってるだけです。データは開けないとわかりません。これが”無我”です。
でも自分が認識がなければ人間は生きていけません。ともすればオレがオレがと必要以上に執着することがあります。”我執”と言います。仏陀さん曰く「我執」が煩悩を生む根本原因の一つだそうです。
心のストレッチをしたところで少し例題に入ります。
さてここでAさんとBさんがいます。二人でお月見をしているとします。Aさんが見ている月とBさんが見ている月はおなじなのでか??
NOです。なぜなら各人心が違うからです。見る角度が違うや視力の良し悪しとか言う問題ではありません。互いに、これは同じ月を見ていると言葉では認識しています。でもAさん認識した月とBさんが認識した月は違うはずです。
たとえば同じソフトウェアを使うにしてもMacとWindowsでは操作性や使いやすさ・見易さが違うのと似ているかもしれません
月をみたときの意識現象をして実在であるとします、そして意識現象の中に含まれる物体現象に関していえばその中で各人に共通で不変的関係を抽象したものがあります。それを『同じ月をみている』と思っているのです。
まずはこんなところです。ちょっと文章力がないのと表現がうまくないのをでなんとも腑に落ちないところもあるかもしれません;;
『我々の心の中の世界の他には何も無い、我々は実は一人一人の心の世界に住んでいる』しかし、仏陀の考えはここからスタートします。なにかを問いただし迷ったときの判断基準がここになります。
唯識とはいったい何ぞや??からスタートします。
よくあるたとえとしては『すべては心の中にあり、逆に心の外にものは存在しない』という考え方。
これはよく考えさせられてるお題目。とくに甲殻機動隊やマトリックスを見た影響が大きい。実際士郎正宗やウォシャウスキー兄弟も唯識の研究をしたことがあるみたい。
(見たことない人も是非一度どうぞっ)
唯識の考え方としては、たとえばテーブルの上にコップがあるとします。果たしてこのコップは実在するのでか。こんな所からスタートします。
コップはたしかにある。でも実はコップを認識しているのに過ぎないのではないか?つまり、確かに眼で見て、触れる。そして、コップは確かに、あるんだとわかる(認識する)。
よく考えてみればまず目で見た映像と手で触った感覚という情報が脳に入ってコップを認識しているにだけです。素材にしたってそうで材質をガラスと認識しているけれども、それ自体はなんなのかなんてわかりません。また、物質と呼んでいるものが本当は何なのか実はわかっていないのではないでしょうか。
人間は森羅万象の物事を認識して、それらを区別してさまざまな名前を付けて識別し、その性質を(人間の認識の範囲内で)分析します。でも、それらは人間の認識の範囲で行われていることです。
人間の五感以上の感覚・感性を持った生き物(たとえば虫や動物・他の星の人)から見たらもっと違った世界が見えているかもしれない。もしくは何も無いかもしれない。
唯識は後者の(外には何も無い)の立場を取ります。
般若心経の無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意は実はこの唯識の考え方からきています。
よく偶然って言葉がありますよね。
たとえば宮城県仙台市に雨雲が立ち込めます。雷もなってます。けっこうビビリなので雷怖いです;;
そして雨粒の一つ一つが地面に降りだします。なかには”偶然に”僕に当たり雨宿りに追い込む雨粒もあったりします。
この”偶然”が曲者です。僕は自分の”判断”として雨宿りしました。でもこれって必然なんです。(必然的に長くなるので詳しい内容はバタフライエフェクトで調べてください^^;)
考え方をさらに掘り下げていくと、我々は実は生きているのではなく、生かされている、という結論になります。これが浄土真宗の「他力本願」です。(全て人頼みというのは本来の意味ではありません)
次に自分とは??ということについて考えます。
「これがボクの手です」と言ったとき、確かに「手」はありますが、自分はどこにいるのでしょう??
自分を指差している(認識してる)それは「脳」です。こうしてよく考えると”自分”は、指差しているだけでその人の情報やバックグラウンドや他の人との関連性などは何も無いことになります。
パソコンでいうところのポインタでエクセルのアイコンに触ってるだけです。データは開けないとわかりません。これが”無我”です。
でも自分が認識がなければ人間は生きていけません。ともすればオレがオレがと必要以上に執着することがあります。”我執”と言います。仏陀さん曰く「我執」が煩悩を生む根本原因の一つだそうです。
心のストレッチをしたところで少し例題に入ります。
さてここでAさんとBさんがいます。二人でお月見をしているとします。Aさんが見ている月とBさんが見ている月はおなじなのでか??
NOです。なぜなら各人心が違うからです。見る角度が違うや視力の良し悪しとか言う問題ではありません。互いに、これは同じ月を見ていると言葉では認識しています。でもAさん認識した月とBさんが認識した月は違うはずです。
たとえば同じソフトウェアを使うにしてもMacとWindowsでは操作性や使いやすさ・見易さが違うのと似ているかもしれません
月をみたときの意識現象をして実在であるとします、そして意識現象の中に含まれる物体現象に関していえばその中で各人に共通で不変的関係を抽象したものがあります。それを『同じ月をみている』と思っているのです。
まずはこんなところです。ちょっと文章力がないのと表現がうまくないのをでなんとも腑に落ちないところもあるかもしれません;;
『我々の心の中の世界の他には何も無い、我々は実は一人一人の心の世界に住んでいる』しかし、仏陀の考えはここからスタートします。なにかを問いただし迷ったときの判断基準がここになります。
■トラの巻
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#weather#
晴れのち雷雨
!meals!
B トースト・白湯
L カルピス・トルティアチップス
D 冷やし中華・白湯
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■article
ここ何年かまえから仕事やら人間関係などなど悩みの耐えない日々を送ってきた。
そんななかで自分のあこがれる人・好感のもてる人は仏教に詳しい人が多かった。
自分もそんなこんなで4・5年くらいいろいろ修行してみたがそろそろ一回わかった事や感じたこと等をまとめてみたいなと思う今日この頃。
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#weather#
晴れのち雷雨
!meals!
B トースト・白湯
L カルピス・トルティアチップス
D 冷やし中華・白湯
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■article
ここ何年かまえから仕事やら人間関係などなど悩みの耐えない日々を送ってきた。
そんななかで自分のあこがれる人・好感のもてる人は仏教に詳しい人が多かった。
自分もそんなこんなで4・5年くらいいろいろ修行してみたがそろそろ一回わかった事や感じたこと等をまとめてみたいなと思う今日この頃。
