for my dear 44 | もしも君が迷ったなら

もしも君が迷ったなら

思いついた言葉を詩に。思いついたストーリーを小説に。

「明日学校?」
ハンドルを握り、前方を向いたまま、爽一郎は莉緒に話しかけた。
「あー、はい。」
「もうすぐ夏休み?」
「ええ。」
「どうかした?」
いつもと違って短い返事をする莉緒に、爽一郎が心配そうに問う。
「……何か…不思議だなぁって……。」
「不思議?」
「何て言うか……今日一日、たくさんのことがありすぎて……、こうしてることも……夢みたいで……すごく不思議だなぁって……。」
「……確かに今日は莉緒ちゃんにとっても、俺にとってもいろんなことがあったからね。」
静かに言う爽一郎の言葉に頷く。
「着いた。」
莉緒が顔を上げると、自分の家の前ではなく、少し離れた海の端まで来ていた。
「ちょっとだけ寄り道。」
爽一郎は柔らかく微笑み、車を降りた。莉緒も同じく車を降りる。
もうすぐ夏だと言うのに少し肌寒い。薄手の服しか着ていない莉緒は、小さく震えた。それに気づいた爽一郎は着ていた上着を脱ぎ、莉緒の肩にかけた。
「あ、これ……。爽一郎さんが寒いでしょ?」
莉緒は慌てて上着を返そうとすると、優しく微笑み返される。
「大丈夫。莉緒ちゃんは女の子なんだから。」
その理由がいまいちよく分からないが、莉緒はありがたく上着を羽織った。爽一郎の温もりが伝わり、妙に安心する。
「夜の海って……初めてかも。」
「そうなの?」
莉緒は頷いた。
「綺麗だけど……何か怖い。」
莉緒は自分の腕を抱いた。
「真っ暗な海に吸い込まれて、消えてしまいそう。」
莉緒の呟きに、爽一郎は目を見張った。爽一郎の視線に気づいた莉緒が爽一郎を見た。
「どしたの?」
「あ、いや。何でもない。」
爽一郎は莉緒から目を背けた。
『夜の海って、吸い込まれて消えてしまいそうな綺麗さよね。』
麻子の言葉が蘇る。莉緒とは似ても似つかないのに、何故か二人が重なって見える。
「爽一郎さん?」
莉緒に顔を覗き込まれ、ハッとする。
「大丈夫?顔色、悪いけど。」
「何でもないよ。か、帰ろうか。」
爽一郎の申し出に、莉緒は頷いた。

車に乗り込んだ爽一郎は、無言でハンドルを握っていた。爽一郎の様子が急におかしくなったと、莉緒は気づいていたものの、何だか踏み込んではいけないような気がしていた。

無言で走り続け、莉緒の家に到着する。
「ありがとうございます。」
声をかけると、爽一郎は我に返った。
「あ、ああ。また……メールするよ。」
「はい。」
会話が続かない。莉緒はシートベルトを外し、助手席のドアを開けた。そしてもう一度爽一郎の方へ向く。
「じゃあ、また。」
「ああ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
車を降り、ドアを閉める。軽く手を振ると、爽一郎は車を出した。莉緒は複雑な思いで見送った。

爽一郎は車を走らせながら、脳裏に焼きついたシーンを取っ払おうとしていた。
どうして今頃になって麻子が……。
幸せになろうとするのを、許してはくれないのだろうか?
いや、麻子がそんなことをするわけない。ただ……未だに消えない罪悪感がそうさせるのだろうか?
「麻子……。」
名前を呟くと、何故か涙が零れた。