☆九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんのめい)☆
九成宮醴泉銘の臨書を再開することを、昨年の記事に書きました。
同じことをまた書きますが、九成宮醴泉銘は歐陽詢(おうようじゅん)の書で、書体は楷書です。
歐陽詢の楷書は背勢(はいせい)という構成で書かれています。
一点一画がゆるぎない筆づかいとなっていて、臨書するには剛毫、兼毫筆が適しています。
臨書している筆は竹の筆です。
職人さんが一本の竹を繊維を大切にしながら、そのまま筆にしていった筆です。
竹の筆は動物の毛で作られた筆と違って、とても扱いづらい筆であります。
線の強弱はもちろんのこと、「はね」「はらい」などの点画も癖があり思うようにいきません。
そういう筆で臨書をしていて、ふと毛筆で書かれた文書を石に刻していく方のことが思われました。
毛筆で書かれた書を、いかにオリジナルのもののように刻していくかということです。
臨書は大きく2つに分けられます。
1:形臨・・・字の形、筆の使い方等を見たとおりに書く事
2:意臨・・・筆意から書いた人の気持ちを考えて書く事
手本としている石碑の拓本の写真、そこから書いた人の筆意を思い気持ちを考えて書く意臨は、やはり心で見なければいけないと思いました。
竹の筆を使うことによって、歐陽詢の書はいろいろな方、たとえば篆刻家、拓本を採る方の気持ちもその間にあるということを思うようになりました。
← こんな感じです。
半紙に六字書きしています。
←二つ折りにした状態です。
完成後、和綴じにする予定です。
完成は、いつのことでしょうww
あと三分の一程度、まだ残っています。
何事も奥が深いので、あせらずゆっくりと古典と向き合いたいと思っています。
*九成宮醴泉銘
唐(中国)の太宗が貞観6年の夏、隋の仁寿宮を修理し、造営した九成宮(離宮)に
避暑しました。そのとき、たまたま 一隅に醴泉(甘味のある泉、甘泉)が湧きでました。
これは 唐の帝室が徳をもって治めていることに応ずる一大祥瑞で あるとして、この顛
末を記して碑に刻することとなりました。 勅命により魏徴が撰文し、歐陽詢が文字を書
きました。陝西省麟游県に現存します。
*歐陽詢(557~641年)
中国唐代の儒家、書家。字は信本。現在の湖南省長沙市生まれ。 初唐の三大家
(虞世南、褚遂良)の一人。代表作は皇甫誕碑(こうほたんひ)、九成宮醴泉銘など。
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