1月も、もう3分の1も過ぎましたねクローバー


いつもながら、なかなかブログに手が回らずですが、年末のことを備忘録のために記します。




年末、実家のある鹿児島に帰省していましたが、今回の帰省では、子供達と一緒に「知覧特攻平和会館」へ行ってきました。




毎年、鹿児島に帰るので、いつかは連れて行きたいと思っていた場所です。



でも、軽い気持ちでは連れて行きたくなくて、子供たちが関心を持ち、過去の現実を受け止められて、何かしら感じたり、考えることができるようになった時に…と思っていました。




先日、息子と見た映画「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」をきっかけに、戦争や特攻という過去の悲しい現実に興味を持った様子の息子。





今なら、きっといろんなことを感じてくれるかもしれない…と思い立って、家族で行ってきました。







私自身も久しぶり訪れました。

敷地に入ると、灯篭がたくさん並んでいて、とても静かで、空気感が違うように感じました。







会館の中は、写真撮影はできないのですが、

1,036名の若き特攻兵の写真と、たくさんの直筆の遺書、家族への手紙、お国のために…という決意の言葉や所持品などが、展示されています。(当時の事情を後世に正しく伝え世界恒久の平和に寄与することため)






本土の南端である知覧から、沖縄本島周辺の連合軍艦隊へ向かって出撃していった20歳前後の若い隊員たち。



彼らの、とても綺麗な毛筆で記された、家族への手紙を読むと、胸が詰まりそうでした。




こんなに悲惨で悲しい時代が、本当にあったのだということを、あらためて思い知らされます。







★パンフレット★








訪れる人はとても多かったです。

駐車場に並ぶ車のナンバーも、全国各地いろんなナンバーがありました。



みなさん、静かに、ただひたすらに、若き特攻兵の言葉に目を向けていらっしゃいました。





娘も息子も、2時間くらいかけて、ひとつひとつ丁寧に拝見していましたが、まさかこんなに集中して見てくれるとは思わなかったので、このタイミングで連れてきて、本当に良かったなと思いました。






写真撮影のできる箇所が一部ありました。



実際の当時の戦闘機

1945年5月にエンジントラブルによって不時着後、海底に沈んでいた戦闘機。戦後35年経過したころ、引き上げられたとのこと。








そして、平和会館から、車で10分ほど行くと…

軍の指定食堂として、たくさんの特攻兵を支えた富屋食堂が、当時と同じ場所に復元されています。

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こちらは、
知覧基地の近くで、この富屋食堂を営み、多くの特攻兵の面倒を見ていた“鳥濱トメさん” (特攻の母と言われる)の資料館(ホタル館)になっています。





鳥濱トメさんが支えてきた、若き特攻隊員の一人一人の真実が、ここにも数多く記されていました。














今回、帰省した時に知ったのですが、「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」の原作者の汐見夏衛先生は、鹿児島出身とのこと。高校の国語教師を経て、作家になられたそうです。






その後、映画のプロモーションやインタビューなどを漁って見てみると、

汐見先生曰く
「高校教師時代、戦争を題材とした作品を授業で扱った時の生徒の反応が、だんだんこのまま風化していくんだろうなという感じがあった。
フィクションというオブラートに包めば、ちょっと受け取りやすくなるかもしれない。
10代の子にとっては、「恋愛」というのはとても感心のあることで、恋愛ものっていう形であれば、ちょっとスルーしてしまう内容でも、もしかしたら届くかもしれないなという思いから、「恋愛」と「戦争」を2つの柱を立てた作品を書いてみようと思った」

とのこと。

↓↓

★汐見先生と福山雅治さんのスペシャルインタビュー(サイトに飛ぶと見れます)



今回、知覧特攻平和会館で拝見した多くの若き特攻兵たちのエピソードは、たしかに映画の中でも、たくさん描かれていました。










私ごとですが、
鹿児島には、このような特攻基地があったという歴史も関係しているのか、自分が子供の頃は、学校でも、平和教育がとても熱心に行われていました。

特攻隊の関連する映画など、学校で見る機会が多かったように思います。

また、実家には、戦死した、祖父の兄たちの軍服姿の遺影が今でも飾られていたり、祖父が存命の頃は、少年兵として訓練を受けていたという話を聞いたりして育ちました。
戦争が遠い話ではない環境にありました。





汐見先生のお話を聞いて、自分が子供の時に伝え聞いてきたように、私自身も子供達にも伝えていこうとあらためて思いました。



今、あたりまえのように過ごせていることが、あたりまえではないこと。


過去の戦争を忘れてはいけないということ。



いろいろなことを考えた年末でした。








知覧の平和会館近くには、この富屋食堂の味を引き継ぐ、“知覧茶屋”という食堂があります。
↓↓



こちらもお客さんがとても多かったです。

早めに行ったので待つことなく席に通され、美味しく頂いてきました。

(なんとなく、写真を撮るのは憚られましたので、写真はないのですがあせる







知覧には、そのほかにも、戦争遺跡がたくさん残っているそうです。
今回は全部見て回ることができなかったので、また訪れようと思いました😊




映画や、原作を見て、興味を持たれた方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがかなぁと思いますクローバー




新年早々、なかなか重い内容になってしまいましたが…
あしからずです🙇‍♀️




映画や原作もぜひ…!←なんの関係者でもありませんがw

★「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」
 予告










★映画主題歌「想望」




知覧特攻平和会館を訪れた後に、この曲を聴くと、特攻兵として散った、若き青年一人一人の想いのように聴こえて、涙なしには聴けなくなってしまいました。(紅白の時も、やばかったです)