紫子&フランソワーズ 珍道中記
『大判焼きを夕暮れに染めて・・・オアフ島にて』





真夜中 ソウルホテルのヘリポートから 精悍な顔の男性2人を乗せて 1台のヘリが アメリカ・ハワイトハウスへ向けて飛び立った

プロペラが巻き起こす突風に煽られながら 見送るのはテジュンとレオ



「社長・・・いや テジュンssiと呼ばせていただきますよ
テジュンssi 彼らのように あそこまで妻を愛せる自信 私にはありませんね」

「レオssi だから私たちは 未だに独身なのでしょうね ははは!」





ヘリコプターの社内では 潤一郎とピエールが ため息をつきながら 顔を見合わせていた



「やってくれたな 紫子さんとフランソワーズ・・・
夏の休暇をオアフ島で過ごそうと決めたとき 君たち夫婦と一緒で嬉しいわとあんなに喜んでいたし 一言もヨンヨンに触れなかったから 何の問題も無いだろうと思ったんだ」

「ああ ヨンヨンの極秘来日時も ゴザレのプレオープン時も あの二人にしては珍しくおとなしかったから 不思議でしょうがなかったんだけどな
私たちが合流するまでの1週間は ホテルやビーチ近辺で エステやショッピングを楽しんでいるだろうとばかり思っていたんだが・・・やられたな
ところで TV局とマスコミ関係は大丈夫だろうな?」

「ああ 『パワーライン』を使ったからな バッシュ大統領だって この意味はわかるだろ」



二人の夫は つい先ほど起こった 嵐のような出来事を思い出し
いくら飲んでも酔えないと知りつつ 赤ワインを一気に喉へ流し込んだ





「とうとう ゴザレのオープン予約 取れなかったわね 縁子
ああ悔しい 日本へ帰ったら 早速食べに行きましょうよ
でも 最高のコースが5万円って ちょっと高いわねぇ・・・くぅぅぅ~ そこはキクわぁ~」

「しょうがないわよ フランソワーズ 
だって 韓国最高の宮廷料理だそうよ それぐらいの値段はするんじゃなーい?
問題は どうやってこのお金を捻出するかよね・・・あああ~ いつっ・・・ううう~」


「極秘来日の情報 いち早く掴んでいたのに 惜しい事をしたわね」

「アナタが食い意地を出して ひっくり返るからでしょ?!
あれで 空港までの電車を1本遅らせたんじゃないの
ワイルドヨンヨンを間近で見られる絶好のチャンスだったのに・・・わかってる?」

「しょうがないじゃない 【大盛りらーめん 10分で完食 2,000円差し上げます】
ってポスターが目に飛び込んできたんですもの 現金を手に入れられるチャンスじゃない
だって カードを見せるたびに お店の方が異常に驚くんですもの もうイヤよ 紫子だってそうでしょう?!」

「そうねぇ・・・私たちが夫から持たされているあれって ただの黒いクレジットカードでしょ
どうしてみんな驚くのかしら?不思議よね・・・」

「ゴザレでも このカードを出したら 驚かれるのかしら・・・」

「イヤよねぇ かといって潤一郎さんに話せば 『何も不都合はないだろう?』と言われるに決まってるわ・・・」

「ピエールもそうよ 『カードの方が楽でしょう?』って 笑って済ませるに決まっているわ」

「いっそのこと 二人に内緒で アルバイトでもしたいわよね」

「そうよねぇ でもうまく見つかるかしら・・・」


二人はお互いの顔を見合わせて 深いため息をついた



―はい お疲れ様でした こちらの「足ツボマッサージ」30分で15$です―

「私たち 現金は持ち合わせていないの カードでよろしいかしら?」



二人が取り出したのは アモックスのブラックカード
受け取った店員は カードと顔を交互に見比べ 口をパクパクと動かしている



「え ここでも日本と同じリアクション?!それとも もしかして このカード使えないの?
どうしようフランソワーズ 私 潤一郎さんから これしか預かっていないの」

「私もよ 紫子 すぐにピエールに電話するわ」



ゴメンなさいと 申し訳なさそうに頭を下げる二人に対し 店員が慌てて首を振った

いえいえ 決して使用不可能ではございません 
ただ このカードは 噂には耳にしたことがあるのですが 実際見たのは初めてなので 驚いただけです
失礼ですが お二人はどのようなお立場なのでしょうか?


あははは~
立場なんて そんな大げさな
私たち ヨンヨンが大好きな ただの主婦よ!





「ただの主婦」
このとき 二人は知らなかった

一週間遅れたお詫びに 潤一郎とピエールが 妻名義で 「カイスト」の株を
それぞれ15%ずつ買占めていたことを
従って 株主総会では 必然的にヨンヨンに会える





「さて 次はどこへ行こうかしら?」

「ちょっと喉が渇いたわ そこのコンビニでミネラルウオーターを買うから ちょっと待って」



フランソワーズがお財布携帯で清算を済ませている間 
何気に レジ脇の保温ケースを眺めていた紫子は ある商品に目を奪われた


・・・ここはアメリカなのに 大判焼きが2列も並べて置かれている
ということは 「人気がある」って事よねぇ・・・


「フランソワーズ ゴザレの食事代5万円×2人分 もしかして作れるかもよ!」





ワイキキビーチのど真ん中に 突如として現れた 「大判焼き」の屋台



目的を持った二人の行動は素早かった


片っ端からハワイ島中の日系企業及び学校関係に連絡を入れ 執念で屋台を探し出した
次に 材料となる小麦粉・卵・アンコ等をスーパーから仕入れ 袋やら何やらを用意して準備完了



大判焼きの生地をこね 足りないものを買出しに走るのは 紫子
鉄板で焼き 接客をするのは フランソワーズ



暑い場所で 熱い食べ物 しかも日本の出来立て和菓子は珍しいと
彼女たちが奮闘する屋台の前には 南国特有の太陽が照りつける炎天下にもかかわらず
長蛇の列が出来た



タオルを首に巻き 汗を拭き取りながら

一心不乱に 生地をこねる 黒髪と白い肌を持つ 日本人形のように美しい紫子
日本語とフランス語 そして片言の英語を操り 次々と焼き上げてはジョークを飛ばすフランソワーズ



「ビューティフル・レディーが 大判焼きを引っさげて ワイキキビーチに旋風を起こしている」



この噂は瞬く間に広がり 屋台を出して2日目には 写真を撮るものや 二人に求婚するものまで現れ とうとうアメリカのテレビ局・ABDやニューヨーケ・タイムズが取材を申し込んできた



「フランソワーズ 私たち テレビに出られるの?
きゃ~~~ どうしましょう?!緊張しちゃうわぁ!!」

「テレビよ テレビ 私たちがテレビに映るのよ!
いつ放送されるのかしら?ピエールに電話して ここへ来る前に録画予約を頼まなくっちゃ!」





【プルルル プルルル ピッ】

「あ ピエール?!
あのね 紫子と私 ABDTVとニューヨーケタイムズから取材の申し込みを受けたの
放送日程が決まったら知らせるから DVDの録画予約をしてくれない?」

「取材?!どうして?!
君たちが取材を受ける理由が見当たらないんだけれど・・・」

「あのね 二人でワイキキビーチに 大判焼きの屋台を出しているの
大盛況でね 是非話を聞かせてくれって!スゴイでしょ?!」



ガタン!
社長室の椅子を後ろへ倒し 真っ青のピエールが携帯電話を握り締め 大声で叫んだ


ノン! ダメだ フランソワーズ!紫子さんも・・・二人とも ダメだ!

夫の立場を考えてくれ 
国家機密の情報部に属している近衛家の妻と 表向きは民間企業のカシュ家の妻が
たとえヨンヨンがらみといえども繋がっているなんて 全世界に知らせるわけにはいかないんだ





ハワイトハウス・・・アメリカの大統領官邸には 2本の専用電話回線が引かれている

1本は 各国の首相官邸とのオンライン
もう1本は 大統領本人が いかなる場合でも 必ず出なければならない 通称 パワーライン



呼び出した潤一郎の目の前で ピエールがパワーラインのボタンを押す
2コールの後 上機嫌のバッシュ大統領が 電話口へ出た



これは Mr.カシュ 貴方がこの電話を使うとは 珍しいですね

「ごきげんよう プレジデント・バッシュ 
実は折り入って お願いしたいことがありまして・・・」

私で出来る事でしたら 喜んで

「では 単刀直入に申し上げます
ワイキキビーチで大判焼きの屋台を開いている女性二人に ABDとニューヨーケ・タイムズが
取材を申し込んだらしいのです
大統領権限で 即刻圧力をかけ 中止してもらいたい
それから 私たちがそちらへ着くまで この女性らを ハワイトハウスで預かっていただきたい」

ああ 私の耳にも入ってきましたよ
とても美しい女性二人が日本の和菓子を焼いていると ワイキキビーチは大騒ぎらしいですな
なんでも 求婚者まで現れているとか
でも 何故貴方が?
彼女たちとは 特別なご関係でも?

「一人は 私の妻です
そしてもう一人は 日本のパワーラインを持つ唯一の人物・・・彼の妻です」

・・・では あの女性たちは Mr.カシュ・Mr.近衛の奥・・様・・・

「ウイ・ムッシュ どうぞこの件はご内密に
今すぐ 近衛氏と二人でそちらへ向かいます」





ハワイトハウスから オアフ島を経由し 休暇を返上して日本へ戻るヘリの中で
潤一郎とピエールは ため息を押し殺し 妻たちが楽しそうに話す一部始終を聞いていた



「屋台のレンタル料や 材料費を差し引いても こんなにお金が残ったのよ
これで 貴方から渡されたカードを出さずに ゴザレで食事が出来るわ ね 紫子!」

「そうね 頑張ったわよね 私たち!
ねぇ潤一郎さん 大変だったけど とても楽しかったの それにとても嬉しいわ とってもよ」



・・・あーあ なんだか眠くなってきちゃた



紫子が抱えている ドル・ペソ・フラン・ウォン・円など 各国のお金がぎっしり詰まった 大きなガラス瓶をそっと取り上げて 潤一郎が 彼女の肩を 抱き寄せる
この何日かで たくましく育った右腕の力こぶにそっとkissを落とし ほうとため息をついた


隣では 寝息を立てているフランソワーズの横で 鉄板の熱で真っ赤になった彼女の両手をさすりながら ピエールが涙を浮かべていた





全世界に強力なパワーラインを持ち 電話1本で その国の大統領さえも
動かせる男 


近衛 潤一郎 & ピエール・ド・カシュ


しかし どんな力も 財力も
妻たちの前では何の効力も持たない ただの夫であった