成果主義に疲れたあなたへ。「枯らしてもいい植林」と「エリートを育てない教育」が教えてくれる、新しい“つながり”のカタチ
SNSで常に誰かとつながり、仕事や学業では常に「成果」を求められる。効率と競争が当たり前になった社会で、息苦しさを感じている人は少なくないでしょう。しかし、このプレッシャーは大人だけの問題ではありません。文部科学省の調査によれば、2022年度の小中学校における不登校児童生徒数は約30万人と過去最多を更新し、社会全体に静かな警鐘を鳴らしています。
もし、そんな社会のルールとはまったく違う場所があるとしたら? 成功や結果をゴールにせず、「何もしない」ことや「途中でやめる」ことさえも肯定してくれる教育プロジェクトが存在します。
この記事では、心理的な安全性を何よりも重視し、失敗を許容することで、これまで見過ごされてきた子どもたちの可能性を引き出す、いくつかのユニークな教育実践をご紹介します。そこには、現代社会が忘れかけている「つながり」の新しいカタチと、真の成長へのヒントが隠されていました。
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1. ヒーローはいらない。主役は「教室にいる“透明”な6割」だった
まず驚かされるのは、この教育プログラムが意図的に「エリート」を育てようとしていない点です。従来の教育は、多くの場合「強者の論理」で動いてきました。リーダーシップやプレゼン力、課題解決能力を磨き、競争に勝つことを目指す。それは、成績上位10〜20%の生徒が活躍する、熾烈な「レッドオーシャン」です。
しかし、このプログラムが光を当てるのは、その他大勢。問題行動は起こさないけれど、積極的に発言もしない、教室の「透明なマジョリティ」と呼ばれる60〜80%の生徒たちです。彼らは、競争社会の中ではしばしば見過ごされてしまう存在でした。
このアプローチは、いわば「ブルーオーシャン戦略」であり、「生存の論理」に基づいています。ここで重視されるのは、競争力ではなく「ネガティブ・ケイパビリティ(耐える力)」であり、課題解決ではなく「ケア」や「共生」です。その目的は「英雄を育てるのではない」こと。むしろ、競争から降りてしまった、あるいはそもそも参加できなかった子どもたちに、社会との接点と安心できる居場所を提供することなのです。この視点の転換こそが、多くの生徒に「ここにいてもいいんだ」という所属感を与えています。
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2. 失敗が許される。「枯らしてもいい」植林プロジェクト
このプログラムの哲学を象徴するのが、「窓際植林」という一風変わったプロジェクトです。参加者は苗木を受け取り、自宅や学校の窓際に置きます。しかし、ここには「うまく育てなければならない」という義務が一切ありません。
従来の植林活動が「活着率」や「効率」をゴールにするのとは対照的に、このプロジェクトが目指すのは、立派な木を育てるという「成果」ではなく、その苗木と時間を共にしたという「関わりの痕跡」や「物語」そのものです。これは、まさにパラダイムシフトと言えるでしょう。参加者は「育てる/置くだけ/途中でやめる、すべて可」という選択肢を与えられます。
枯らしてしまっても、物語は終わらない。
この言葉が示すように、たとえ苗木が枯れても、その経験は失敗として扱われません。この「失敗の許容」は、参加者に具体的な心の成長をもたらします。言葉を発しない植物を世話することで他者への優しさを育む「責任感の醸成(Care)」。すぐには結果の出ない成長を待つことで忍耐力を養う「レジリエンス(Resilience)」。そして、ただそこに在るだけの植物が、評価に疲弊した心を安定させる「客観性(Objectivity)」。常に完璧なパフォーマンスを求められる日常から離れ、ただ「そこにある」ことを許されるこの経験が、参加者に大きな安らぎと成長の種を与えるのです。
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3. ゲームは「社会の練習場所」。Minecraftが“安全地帯”になる理由
デジタルツールであるMinecraft(マインクラフト)の使い方も独特です。ここではプログラミング教育の教材としてではなく、心理的安全性の高い「社会シミュレーター」として活用されています。なぜゲームが、教室で声を上げられない生徒たちの“安全地帯”となり得るのでしょうか。理由は3つあります。
- 低い参加ハードル Minecraftは「遊び」の延長線上にあるため、勉強嫌いな生徒も抵抗なく参加できます。
- 目立たずに貢献できる「役割」 話すのが苦手な生徒でも、「資源を集める」「整地する」といった作業を通じてチームに貢献できます。彼らに必要なのはリーダーシップではなく、集団の中で認められる「役割」です。言葉を介さずとも他者から感謝される経験は、自己肯定感を育む上で非常に重要です。
- 失敗の許容 ゲームの世界では、何度失敗しても「リスポーン(復活)」できます。この「やり直しがきく」環境が、現実世界で挑戦することへの恐怖心を取り除いてくれるのです。
このように、ゲームは単なる娯楽ではなく、社会性や協調性を学ぶための建設的な練習場所として再定義されています。
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4. 「混ざらないまま、隣にいる」。“距離感”を学ぶ、10年後の約束
このプロジェクトが提案する「つながり」の概念は、深く、そして現代的です。その哲学は、力強い一つの言葉に集約されています。
混ざらないまま、隣にいる。
常時接続が当たり前になった世界で、このプロジェクトはあえて「緩やかな紐帯(弱いつながり)」をデザインします。苗木を置く「窓際」は、プライベートな自分の内側と、パブリックな社会との境界線であり、緩衝地帯のメタファーです。
さらに、「約束の木」という仕組みが、この哲学を深めます。参加者は、10年後に自分の木に関する連絡を受け取るかどうかを「選択」できます。この「約束」の定義が、実に詩的です。「今は別々の人生を生きている人たちが、10年後に同じ場所を思い出せること」。従来のプロジェクトのように個別のIDで管理・監視するのではなく、「場所と時間」の共有に重きを置くことで、義務感やプレッシャーを排除しているのです。
無理に混ざり合うことなく、かといって完全に孤立するのでもない。絶え間ないインタラクションのプレッシャーから解放されたこの関係性は、時間と距離を越えた、静かで深い安心感を与えてくれるのです。
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Conclusion: True Growth Begins Where Pressure Ends
「エリートを育てない教育」「枯らしてもいい植林」「社会の練習場所としてのゲーム」。これらの事例が共通して示唆しているのは、真の成長や回復、そして人とのつながりは、競争やプレッシャーの中から生まれるとは限らない、ということです。むしろ、心理的な安全性が確保され、時には離脱することや何もしないことが許される「余白」のある空間からこそ、育まれるのかもしれません。
これらの実践の根底にあるのは、「『成功』できなくても、絶望せず、自分を壊さず、『世界とつながり続ける人』を育てる」という強い意志です。もしかしたら、私たちの成長にとって本当に必要なのは、何かを『する』ことではなく、安心して『何もしない』でいられる時間と場所なのかもしれません。