感動のない人生なんて考えられない
だって
どんな暮らしの中にも「感動」することはいっぱいある
感動とは
心が震えること
魂が動くこと
感動すると
理屈じゃなくって
自然に涙が溢れるよね
素晴らしい音楽を聞いた時
演劇を観た時
本を読んだ時
競技やスポーツを応援した時
絵を見た時
感動することが多いよね
でもそれは外側の感動
私がしたいのは内側の感動
魂の感動よ~(*^▽^*)
外の見たり聞いたりしたことで感じることだけじゃなく
自分の内側から湧きがってくる何かを感じたい
もちろん
外側に起きたことに感動すれば
内側から様々な感情が湧きあがってくるよね
それはそれでいい
でも私は
お涙ちょうだい物語や意図的に作ったものに対して
感動できない
うすっぺらな感動なんて欲しくないヽ(`Д´)ノ
私はこんな性格だからね
感動に飢えるのが嫌なの(←かなり我儘)
だから
いつだって体当たり
一旦決めたら何にだって向かってゆく
そしてぶつかって初めてわかることもたくさんある
でもね
それは決して徒労ではないの
感動のためならナンだってやる~(←本当かいっ∑(゚Д゚))
無駄だとわかっていても
自分の内側がその先にある感動に向かっていくから
止めることができないの
それは他人からみたら
とっても些細なことや
アホみたいなことかもしれないけどね
私にとっては超~感動的な事なのo(^▽^)o
アトリエにいると
「感動することばかり起きる」
って・・・
今までスタッフさんだった人達がそう言うよ
クライアントさんやスクール生さんも
「アトリエに通い出したら
な~んかやたらと「感動」するようになった」
って言うの~(≧▽≦)
どうしてだと思う??
それはね
アトリエはね
感動する心を磨く場所だからだよ
つまり魂を磨く場所だからだよ
感動とはね・・・・
それを捕える避雷針のようなアンテナが必要
そして捕えたエネルギー(感動の種)を
深く~深く~落とし込む井戸のような心が必要なの
どちらが欠けても「感動」できない
些細なことでも
そこにある感動をキャッチするアンテナを立てないとならないね
そして
その感動を落とす井戸のように深い心を作らないとならないね
アトリエに初めてきたお客様は
そのどちらかが足りなかったりするの
せっかくいいアンテナ持っていても
深い心がない人はね
心に蓋をしていたり、深さを知らなかったりして
内側から湧きあがってくるものを感じることができない
そして
せっかく広く大きな心を持っていても
感動をキャッチするアンテナが立ってない人は
些細なことではなかなか感動しない
日常の些細な出来事だけでは感動できなかったりする
今までね
せっかく「アンテナ」が立ったのに
心も魂もせっせと磨いたのにね~((>д<))
また以前の自分に戻ってしまった人を
何人も見てきたよ
あんなにたくさん感動したのに
あんなに心と魂磨いたのにね~。゚(T^T)゚。
「世の中はこんなに
たくさんの「愛」であふれていたのね」
って言って涙を流したのにね
「今は何を見ても別に~って思います
何であなに感動していたのかしら?って思うくらいよ
今は今で特に何も感じないけど
それも楽かな~って思う」
なんて感じのこと言います
それを責めるつもりはないよ
それはそれでいいって思うのも悪くはないよ
でもね
感動する自分を知りたくって
感動できる自分が嬉しくって
頑張ってきたのにね
もったいないな~って思ちゃうの
いつだってすぐそばに「感動」があることに
気付けた人も・・・・
心を
魂を磨くのを怠れば
また前の無感動な自分に逆戻りしちゃうよ
毎日を感動的に過ごしたいのなら
いえ
自分の人生を感動でいっぱいにしたいのなら
そして
人に感動を与える人でありたいのなら
まず自分の心を磨かなきゃならんでしょう
感動できる人にならんといかんでしょう
途中であきらめたらいかんのよ~(;´Д`)ノ
今まで流した感動の涙を
決して無駄にはしたくない
アンテナも深い心も手に入れたのに
それらを無駄にして欲しくない
だから
もっともっと
あなたのそばにある「愛」に気づいてほしい
別に~
ナンでもいいや~
メンドクサイ~
なんて言わないで
感動を一緒に分かち合える人でいて欲しい
もっともっと
あなたの内側に向かって魂を磨いて欲しい
だって
もったいないじゃない
せっかく生きているんだから
あなたはあなたの人生の主役なんだから
もっともっと~
感動的に生きてもいい:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
感動のない人生なんて
主役のいないドラマのようだよ~
つまらないよ~ヽ(*'0'*)ツ
だからこそ
もう一度本物の感動を取り戻そう(*^^)v
そう
あなたの手で
あなたの力で
あなたの魂で・・・・・