ロード88別所サイドストーリー

ロード88別所サイドストーリー

ロード88で新藤晴一さん(ポルノグラフィティ)が演じていた、別所という役のサイドストーリーを書いております。

初めましての人は「テーマ:はじめに」の記事を必ず読んでください。

コメントの際は敬語を心がけてください。

小文字、半角カタカナの多用、ギャル文字の使用などはおやめください。

尚、新話晴介・えびがよくないと判断したコメントは予告なしに削除する場合がありますので、ご了承ください。

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「べ・・・しょ、くん・・・」


「・・」


 事務所の前には、すごくびくびくしながら声をかけてきた一抹麻衣子が立っていた。


 返事はせずに、立ち止まってやった。


 立ち止まるだけでも、俺って偉大じゃない?


「え・・っと、怒って・・る、よね??」


 腕組みをして、首を傾げてやると、一抹はまた、びくっと縮まる。


「・・・・さあね?」


 でもさぁ、教えてあげといたほうがいいかもしれないから言うけどさ。


「俺、自分勝手なやつって、嫌いなんだよね」


 俯いて、黙る一抹。


 これぐらいで、いいか。めんどくさいし。


「もう用はないでしょ?、俺、忙しいから」


 そう言って、事務所に入っていこうとすると。


「待って!!」


 必死な声。


 次の瞬間。




 カチリ。




 小さな、・・聞きなれた音が聞こえた。


 ついに、きたな。


 頭の中でそう思いながら。


 急いで、拳銃を取り出すと。






 響いた銃声。






「・・・・・やっぱりね」


 拳銃を構えて、振り返れば、拳銃をこちらに向けている、・・一抹。・・・いや。


「急に、幕を下ろしたな。一抹・・・いや、前田」


 俺の言葉にびくっとするものの、さっきまで、びくびくと俺の顔色を窺っていたのとは、百八十度違う顔。


「バレてたのね」


「あぁ、いつ、こうなるかと思ってた」


「いつからよ」


「・・・・・そうだな、これをくれたときかなあ?」


 拳銃をお互い向けあったまま。


 片手で、今日はつけていない、金色の十字架を、ポケットから出して、見せる。


「・・」


「何が目的で、一抹になりすましてたんだ?」


「・・・・・その、“一抹”のお願いだったからよ」


「・・」


 前田の構えている拳銃は少し震えているように見えた。


「俺を殺せっていうお願いか?」


「違うわ」


 視線を宙に彷徨わせてから、前田は言う。


「ずっと前から、お願いされてたの。・・麻衣子から」


「・・何をだ」





 また銃声。




「これです」


 書類を放り投げられ、それを受け止めた。


「少々厄介ですよ、今回は。・・卑怯なやり方で有名な組織ですからね」


 パラパラと書類に目を通していると、坂本さんがこちらを見た。


「・・・・・なんでしょうか」


「何か、あったんですか」


「どうしてですか」


 たっぷりと間を取って、坂本さんは言う。


「いつにも増して、苛立った顔をしてますよ」


「・・・何も、ないですよ」


 フッと坂本さんは笑んで、コーヒーカップを持ち上げる。


「まあ、言えない事なら、そっとしておきますよ」


「だから、何も――――」


 携帯電話が震えた。


「ちょっと・・失礼します」


 携帯電話を開き、通話ボタンを押した。


「・・なんだ」


『準備できました。・・来てください、先輩!』


「わかった、すぐ行く」


 携帯電話を閉めて、乱暴にポケットに突っ込んだ。


「別所」


「なんですか」


「気をつけてくださいよ」


「・・・・わかってます」


 出て行く寸前、聞こえてきた。


「相手は卑怯ですよ」






 ―――・・。



 ―――――・・・・。


 ――――――卑怯の意味がわかりましたよ、坂本さん。


 目の前には、敵がおり。


 その敵は、拳銃を所持しており。


 その拳銃の銃口は、捕らえられた部下のコメカミに突きつけられている。


「書類を無理にでも、奪い取ると言うのなら、こいつの命はねえぞ!」


 あーそー。


 でもさあ、俺、部下の命なんて・・・どうでもいいんだよね。


 組織的にも、簡単に捕らえられて、こんな風に人質になっちゃうヤツなんて。


 価値がない。


 下っ端だしね。


 遠慮なく、君の命は、生贄とさせてもらう。


「あぁ、そう?」


 俺は拳銃を取り出して、撃った。


 一、二、三、四発。


 狙いは的確。それが当たり前。


 敵が倒れた。


 もちろん、部下にも当たっただろう。


 一応、念のために、敵にはもう一発ぶち込んでおいて、そいつの懐から、書類を・・。


 出したところで。


 ―――敵の援軍のご到着。


 あぁ、めんどくせえ。


 ざっと見て、五人。


 適度に、拳銃を撃って、倒れたヤツに近づいて、俺は忠告をしてあげた。


「ねぇ、これ以上、まだなんかやるんならさあ、みんな殺しちゃうよ?」


 必死で首を振るそいつ。


 背後から、忍び寄る気配にも、振り向かずに、撃って殺った。


 確認で振り向けば、見事に、左胸に命中している。


「他に、向かってくるヤツ、いる?・・・・別に相手してもいいけど」


 残ってるヤツらは後退り始める。


「追いかけてこないでね?」


 最上級の笑顔で、そう言っておけば、追いかけてはこない。


 部下を殺っちゃったのは、ちょっと余分だったけど。


 それ以外は、きっちり任務完了。


「じゃあ、これ、もらうからね」


 書類をひらひらと振って、俺は、そこから離れ、携帯電話で連絡した。


「坂本さん、完了しました。・・報告は帰ってからで、・・はい、・・・・はい、わかりました」


 これが、俺の仕事で。


 ――呆気ない仕事で。


 ―――つまらない仕事だ。


 待機させていた黒塗りの車に乗り、運転する部下に言う。


「事務所に戻って」


「はい」


 ――――こんな仕事なんだ。




「それで?」


『本当に、ごめんなさ―――――』


 ピッ・・。


 力を込めて、通話をぶっちぎった。


 すぐに携帯電話をベッドに放り投げる。


「はあ・・」


 髪の毛を掻きあげながらため息をつき、親の仇のように携帯電話を睨みつけた。


『えっ・・、また、会って欲しいんだけど』


 メールの文面が頭の中で蘇る。


 ・・あの後、会ってやろうか、という気になった。


 暇を持て余していたし、十字架だってくれたから。


 ところが、だ。


 そのメールの後すぐに、一抹から電話がかけられてきて、断られたのだ。


『急な仕事が入って、どうしようもなくて、だから、その・・』


 煙草を口にくわえ、火をつけて・・、じっくりとヤニを吸い込む。


 目を閉じ、ふっとそれを吐き出す。


 馬鹿くさくなってきた。


 あんな女に振り回されたかと思うと、また腹は立ってくるが、そんな腹の立つこと自体が馬鹿だ。


 煙草はすぐに灰皿に押し付けた。


 毟るように着ているシャツを脱ぐ。


 ボタンが一つか二つ、ちぎれたような気がしたが、無視した。


 そこら辺に置いてあった、いや、落ちていたタオルを拾って、シャワーを浴びようと、浴室に行きかける・・と。


 携帯電話ががくがくと震えた。


 手を伸ばして、携帯電話を取り、開ける。


 “From 坂本”




『連絡、するから』


 泣きそうな顔でそう言われた。


 あれから一度も会ってはいないし、連絡してきても、返しはしない。


 意味も無くマナーモードにしてある携帯電話。


 バイブで着信を告げてくれる。


 From欄に目を走らせると、案の定、“一抹麻衣子”。


 中身を見もせずに、すぐに携帯電話を閉じる。


 今日は仕事は無い。


 暇を持て余している。


 寝るにも、さっきまで寝ていたために、もう寝れない。


 暇つぶし、暇つぶしだ。


 そう思って、携帯電話を再び開けて、今まで未開封だったメールを片っ端から開けていく。


『返事は別にいらないけど、・・こないだは会ってくれてありがとう、嬉しかったです』


 もちろん、メールの送り主は全て一抹。


 どれも似たり寄ったりのことが書かれている。


 当たり障りの無いように、というか。


 俺の機嫌を伺いながら、というか。


 高校の時もそんなようなもん。


 俺がうるさいと言えば、縮こまって黙る。


 まるで、忠実な飼い犬


 ふっと少し口の端を吊り上げた。


 未開封のメールを全てチェックし終える。


 全部が全部、本題に入れずじまいのような内容。


 本当は会いたいだとか、電話がしたいだとか。


 そんなことを言い出したいのだろう、それが見え見え。


 テーブルに置いてある、あの金の十字架を見て、携帯電話にまた目を戻す。


 ちょっとぐらい礼をするべきか。


 オレッテヤサシイナー。


 くだらないことを考えながら、メールを簡潔に・・初めて返す。


『で、・・本当は何が言いたいわけ』




 すぐに携帯電話は震える。




『えっ・・、また、会って欲しいんだけど・・』





 目の前には、満面の笑顔を浮かべている、一抹。

 本当に嬉しそうに、話しかけてくる。

「来てくれて、ありがとう」

 彼女はカチャリカチャリとカップの中を掻き回しながら、笑顔で俺に言った。

「別に・・」

 俺は、頬杖をついたまま、意味もなくカップの中を掻き回した。

「でね、・・渡したいものっていうのは、ね?」

 ごそごそと自分のバッグを探り、中から・・。

「じゃじゃーん」

 自分で妙な擬音をつけながら、一抹は小さな袋を取り出した。

「何」

「開けてみて」

 それを渡してくる。

 開けると・・。

「・・・十字架」

 金色の十字架のペンダント。

 学生時代にもらったものの、金色バージョンという感じだった。

「かっこいいでしょ?別所くんに似合うと思うんだ」

「・・」

 今、つけている銀のペンダントを外して、・・今、貰ったペンダントを代わりにつけてみた。

 すると、一抹は目を輝かせる。

「うわぁー・・。かっこいい。・・・すごい~」

 何がすごいのかがよくわからないが。

 銀のペンダントを、さっきのものの代わりに袋に入れる。

 疑問が浮かんではきたが、・・面倒くさいと思って、その疑問は聞かずに置いた。

「用はそれだけか」

「うん・・・、帰る、でしょ?」

「・・・・あぁ」

 そう言えば、捨て猫のような瞳を俺に向けてくる。すぐに、俯く。

「そっか。・・ありがとね・・来てくれて」

 残っているコーヒーをゆっくりと、俺は飲みながら、一抹を見ていた。

「・・」

「別所くん」

 目だけで応じると、続けた。

「これからも、会って・・くれる?」

 何回もいろんな女に言われたセリフ。

 それは、学生時代、はたまた、今現在。

「・・」

 答えずに黙って、コーヒーを飲み干して、カップを置く。

 わざと、一抹の視線を避けた。

「じゃ」

 立ち上がって、俺は去りかける・・と。

「連絡、するから」

 今にも泣きそうな顔。必死な、顔。

「そ」




「別所くん、授業きてよー」

 寝転がっている俺の腕を、一抹がひっぱる。

「・・・」

「ねー。一回だけ、来てくれたじゃないー」

 それは、十字架をくれたからだった。

「うるせえよ」

 迷惑そうな顔をして、言えば、しゅんと俯く。

「ご、ごめん・・」




 変わっていないのは、俺もお前も同じ・・か?




「はぁー」

 気だるく、ため息をつきながら、ベッドに寝転がる。

 クシャ

「・・」

 紙が潰される音がして、ポケットを探ると。

 ・・・・・一抹から渡された紙。

『・・・・で、・・できればで、いい、から』

 一抹が急いで走り去る光景を思い出す。

 めんどくさ。

 携帯電話を取り出し、打ち込み始める。

 メールアドレスは長いから、電話番号のほうだな。

 そう思いながら。

 短く、コールして、・・・出た。

『はい、もしもし』

「もしもし・・・別所だけど?」

 かけたけど、なんだよ。というような意味を込めて言った。

『べっ・・別所くん?!!』

 驚きすぎだろう。

「かけろっつーから、かけたけど、何」

『え・・えっと、別所くんと、・・・とにかく話したくて』

「何を」

『え・・?別に、なんでも?』

「特に何にもないんだったら、・・・切るぞ」

 前髪をかきあげながら言った。

『えっ。ちょっ・・待って!!!』

 その切羽詰った声で、切るのを躊躇したのがいけなかった。

「・・・・何」

『あ、会いたいの』

「なんで」

 面倒臭いことを言ってくる。

『渡したいものが・・・あるの』





「別所くん」

 事務所近くの自販機の前。

 つまり、この間と同じ場所に、一抹は居た。

「・・・・何」

 ニコニコと愛想良く近づいてくる。

「また会えるかなあって思ってね」

 つまり、待ち伏せされていたらしい。

「何の用だ」

 事務所で仕事があるのだ。

 相手をしてる暇なんてない。

「変わってないんだ・・」

 少し、目を細めて聞いてくる。

「・・・」

「じゃあ、さ、・・・連絡先、教えるから、そっちから・・・メールとか電話とか・・・」

 してくれる?と、言うように一抹は見つめてくる。

「・・さぁ・・」

「えっと・・」

 サラサラと、メールアドレスと電話番号を紙に記すと、それを押し付けて、言った。

「・・・・で、・・できればで、いい、から」

 逃げるように走り去っていく。

 ・・・なんか俺が悪いことしたみたいじゃん?

 紙を見、くしゃりと握った。

 そうして、俺は、事務所へ入っていった。



 声のした方に目を向けると、同じ歳ぐらいだと思われる女が一人。

 ふわふわとした、肩までの長さの髪の毛は黒に近い茶髪で、化粧もケバくないほどにしている。

「・・・誰」

 知り合いに、こんなヤツはいなかった気がする。

「覚えて・・ないかな?・・・高校のときに・・一緒のクラスで・・・」

 記憶をたどろうとする。

「えーと、その、・・・あ」

「え?」

「まだ、そのペンダントしてくれてるんだ!?」

 俺の首にかかっている十字架のペンダントを見ながら、その女は目を輝かせている。

「ほら!・・・えっと、ペンダント、・・授業にきてほしくって、あげた・・」

 高校のとき?一緒のクラス?この十字架のペンダントを・・・?

 頭の片隅から、記憶の箱を次から次へと引っ張り出しては開けてみる。

 別所は、記憶力は良かった。

 思い出そうとすれば思い出すことができる。




「ねぇ、別所くん、なんで授業に来ないの?」

「・・・」

 校内の適当な場所で、授業をサボッてる俺に、ほとんど毎日会いに来た。

 いろんな女が来たが、その中で、この女・・一抹麻衣子は変わっていた。

 どこがと、言われれば、俺に質問しないところだ。

 普通の女なら、彼女はいるかどうかとか。どこに住んでるのかとか。どこの中学校だったのかとか。

 質問に次ぐ質問だった。

 が、一抹は違って、ただ、親しげに話しかけてくるだけ。

 聞きもしない、クラスの様子。勉強のこと。いろんな、こと。

「ねぇ・・」

「・・・」

 一抹が聞いてくる、唯一のことと言えば、これだ。何故、授業に来ないのか、だ。

 急に何かに光が反射されて、目の前がまぶしくなった。

「・・?」

「これ」

 差し出してきたのは、銀色の十字架のペンダント。

「何」

「・・これ、あげるから。・・授業、来て・・ね?」

 それだけ言って、一抹は走り去っていった。

 自分の手を見れば、銀色に光るそれが握らされていた。

 ・・シンプルなデザイン。

 かっこいいじゃん?

 ただ単に、ペンダントは気に入って、早速、愛用させてもらうことにした。

 授業には、一日だけ“顔出し”だけ、した。

 一抹への礼代わりとしてだ。




「・・・・・・一抹?・・一抹麻衣子?」

「あ、覚えててくれたんだ」

 言うと、嬉しそうに顔を輝かす。

「・・・・あぁ」

 そりゃあ、今も愛用させてもらってるわけだし。

「こんな長い間、使ってくれてるとは思わなかった」

 相変わらず、顔はキラキラと輝いている。

 ・・・・高校のときも、一抹はこんな顔をしていた気がする。

「ねぇ、・・ケータイ、教えてよ。メルアドとか、電話番号とか」

「・・」

「だめ?」

「・・・・・・無理」

 ちょっと考えるようにしてから、一抹は言った。

「そんなに、まずいことがあるの?どっか、後ろ暗いこととか?」

 冗談っぽく聞いてきたが、俺はただ黙った。

「・・・・・・」

 そんな俺を見て、彼女はふと何かに気づいたような表情をしたが、すぐにそれは消えた。

「そっか、ならいいよ。無理言って、ごめんなさい」

「いや、別に」

「じゃあね。・・嬉しかったよ」

 一抹は踵を返した。




 嬉しかった、か・・・。

 彼女の後姿を見送りながら、別所は煙草を口にくわえ、火をつけた。

 灰が風に乗せられて飛んでいく・・・。


 

聞こえていたのは、シャワーの音。


 え・・・?誰が使ってるんだろ・・。


 疑問を解決すべく、記憶をたどるけど・・。


 なんとなくぼーっとしてて、寝たときのことが思い出せない。


「ぅ・・痛っ・・」


 起き上がろうとすれば、腰に激痛。


 何処かで転んだのかなぁ・・。


 なんか、涼しい。


 ふと、自分の身体を見ると、・・・素っ裸。


「・・・・え?」


 二つ目の疑問を感じた瞬間に、別所さんが部屋に入ってくる。


 あぁ。


 疑問が一気に解決された。


 別所さんを、強引と言っていいほど、家に連れ込んで・・、その後は、ほとんど、懇願するようにして誘った。


 そっか。別所さんと、あたし・・。


 別所さんの髪の毛は濡れていて、毛先からはまだ雫が滴り落ちている。


 服は、ちゃんと着ている。強いて言うなら、ボタンを開けすぎだとは思ったけど。


「別所さん・・あたし、別所さんが好きなの・・」


 何故だか、ポロリとそんな言葉を零した。


「ふぅん」


 興味無さそうに返される。


「別所さんも、あたしを愛して・・」


「無理」


 痛い腰を無視して、急にベッドから抜け出て、帰り支度をしようとしてる、別所さんにしがみついた。


「別所さん・・・別所さん、大好きなの、本当に・・」


 目を細めて、手を振り払われた。


「俺、正直、女嫌いなんだよね。・・・・めんどくさいから」


 目にかかった前髪を鬱陶しげに払いながら、呟くように言われたその言葉に、あたしは言葉を失った。


「・・」


 玄関に向かって行ってしまう。


 部屋をあたしは出て、急いで、玄関で靴を履こうとしてる、別所さんにまた縋り付いた。


「別所さん・・・」


「・・―――」


 ため息をつかれて、あたしは少し怯んだ。


 その隙に、さっさと靴を履かれて。


 ドアの取っ手に手をかけた。


 出て行こうとする寸前に、言われた。


「お前、服着たら?」


 そう言われたか言われないかの間に、ドアは閉まっていた。


 あたしは、その場にへたりこんだ・・。





 ・・なんとなく、事務所まで来てしまった。


 家に帰ってもよかったが、こっちのが距離が近かった。


 事務所に入る前に、なんか、飲み物でも買おうと思って、自販機に向かう。


 ・・・いいのねぇなぁ・・。


 酒が無い。


 仕方なく、硬貨を入れて、緑茶を選んで、押す。


 すぐに、緑茶は出てくる。


 それを取り出そうと身を屈め、すぐに取り、体勢も直す。


 すると。


「・・別所・・くん?」


「え?」



 昼下がりのある組織の事務所。

 革張りのソファには、一人。・・この前、東京湾で仕事をしていた若い男が座っていた。

 整った顔立ちに、黒に近い茶髪。黒いスーツを着て、首には十字架のペンダントをかけている。

 その男が眼鏡をかけ、顔をしかめるようにして、資料を読んでいると、後輩がやってきた。




「先輩」

「何だ」

 資料を読んでいると、後輩から声をかけられた。

「女の子連れてきました!可愛いでしょう?・・この人は、別所さん。俺の先輩」

 後半は女に言ったんだろう。

「・・」

 チラリと目を上げると、金髪の後輩と横に居る派手な女が目に入った。

「・・・事務所に女を連れてくるなと、坂本さんが言っていただろう」

 すぐに資料に目を戻し、静かに言うと、急に女が喋りだした。

「あっ、あのぉ、彼に、私がどぉしても連れていってほしいって言ったんですよぉ」

 ため息をついて、資料を横に置いた。

 顔をそちらに向ける。

「ここ、仕事場だって、わかってるでしょ?」

 言うと、後輩は黙り込んだ。

「あのぉ、別所さんって、彼女いるんですか?!」

 空気を読めない、女。

 無視する。

「そこの女と一緒に何処へ行こうと、俺は関係ないが、仕事場に連れ込むのはやめてくれよ」

「・・すいません」

 後輩は、女の手を取って、出て行こうとする。

「やだっ。別所さんとお話ししたいぃ」

「やめろよ。迷惑だ。・・・ここにお前を連れてきただけで、もう迷惑になってるんだ」

 女は上目遣いで後輩を見上げ、言う。

「・・・・そっか。ダメかぁ・・」

 こういうのに、(別所を除く)男は弱い。

「ここでは、ダメだ・・・、また今度、別所さんを連れてくるから」

「何処に?」

「俺の家に」

「やったぁ」

 別所は一人、苦りきった顔で、二人を眺めている。

 後輩は、申し訳なさそうに、口パクで、すいません、と言った。

 いつもそうだ。

 この後輩だけに限らない。

 他のたくさんの後輩たちが女を連れ込んだ際に、俺に言い寄ってくる。

 女は、俺に乗り換えようとするのだ。

 眼鏡を外し、眉間を指でもむようにする。

 あぁ、面倒くさい。



 後輩は女を事務所から出て行くように仕向けつつ、苦笑していた。

 この女はもう、諦めるしかない。

 どんな後輩でも、狙っていた女が別所に寄って行けば、諦めるしかない。

 それは何故か?

 先輩だから、も、ある。

 一番の理由は、あの人に叶うわけが無い。

 と、皆思っているからだった。

 それでも後輩たちが、女を事務所に連れ込んだり、別所に引き合わせたりするのは、もしかしたら。が、あるかもしれないからだ。

 女が別所を見ても、自分を選んでくれれば、別所に勝ったと、思うことができる。

 それは一種の賭けのようなものだった。