- 前ページ
- 次ページ
まずは、合宿が無事にとは言わずに終了したのである。
薫ちゃん(部長)が胸を打撲したのである。
たいしたことは無いと思います。でも、お大事に!
関工との力の差を感じたのだ。
このままじゃ危ない。
田中君に負けそうなのだ。
彼に負けるとインターハイへはいけなくなるのだ。
なんとかせねばならない。
以上合宿報告なのだ。
僕は、明日休みなのに、温泉芸者殿は1日練習の最中なのだ。
つまらないのだ。
しかし、仕方ないのだ。何とか頑張って一緒に中国大会に行きたいのだ。
何とか頑張ってね。
俺は、今日はとてもつかれているのだ。
とうてい遊ぶ気分にはなれないのだ。
どうだ、まいったか。
まいったところで、あ、このやろう、笑うなよ。
いまからの練習は、いちだんと厳しいものになるのだ。
心してかからねばならない。
あ、また、笑ったな。
なに、うん、そうか、よしわかった。
それじゃあな。
温泉芸者に電話しといてくれよ。
え、そうそう、見舞い電話だね。
しかし、朝8時からはきついんじゃないかなぁ。
それじゃあね、さようなら。
フリージャズについて(1)
最近、なにをしてフリージャズと呼べるのかわからなくなった。
そりゃあ、山下洋輔トリオや生活向上委員会、また、明田川荘之などを聞くと、これはフリージャズだなと確認することができる。
確認はできるが、なぜ、フリージャズなのと、思うのである。
フリージャズというからには、フリーなのである。
今までのコード進行や、モードについては、一切無視なのである。
なのに、聞いているとジャズに聞こえてくる。
山下さんなんか、ひじうちを使ってコードをあらわすことがよくある。
このコードは当然むちゃくちゃである。
そのはずなのに、聞こえてくる音はジャズなのである。
そもそもジャズとはなんなのであろう。
なにをしてジャズと決めているのであろうか。
やはり、コードの種類、その進行のしかたであろうか。
それならば、それらを無視すればジャズではないのではないだろうか。
つまり、フリージャズはジャズではない。
このように結論される。
つまり、断定されたのである。
断定してにも関わらず、私は、フリージャズはジャズであると思っている。
思っているのであって断定はしていない。