大学の友人の一人が、コーチングというものを勉強をしています。
詳しくはわからないのだけど、「コミュニケーションをとることで、目標設定・人生プランの設定を手助けする」のが、彼の目指すコーチングらしい。
私は2週間に1回、彼と話し、目的意識や人生設計を掘り下げて考えています。
私のなかには、「あれも挑戦したいしこれも改善したい! けどやるべきかわからないし、できるかわからないし、どうしたらいいかわからないし…」というもやもやした気持ちがいつも渦巻いています。
これらが彼の質問や提案で、「じゃあ明日からこれをやろう」という具体的な仕事に一気に落とし込まれるのです。
彼も去年の11月から始めたばかりなので、果たして彼の目指すように、私に必要なように、コーチングしてもらえているかどうかわかりません。
けれど、彼と話すおかげで、私がずいぶん前向きに具体的に考えられていることは確かです。ありがたい。
私は一面では、こういう「積極的!具体的!」なノリを苦手と感じています。
谷川俊太郎が「せめて上手に後悔しようと/過去を苦い教訓に未来を夢みる事は/あの日のあなたのかけがえのない/こわれやすい愛らしさを裏切ることになる」(後悔 五つの感情・その一 『うつむく青年』)と歌っているように、ひたすら前向きに生きることで、失われるものがあるかもしれない。そういった漠然とした不安を昔から持っているから。
それから、以前所属していたサークルの活動中に、前向き志向に傷つけられたと思っているところがあるからです(これはいくらか私の被害妄想で、事実とは違うとわかってはいるのですが)。
けれど、前向きを嫌い、後悔する自分を愛してばかりいては、周りを恨む不幸な人間になってしまうのは確かです。
ただ、前向きなばかりでは、谷川さんが歌うところの「かけがえのない/こわれやすい愛らしさ」に気づけない人間になってしまうかもしれない。人は相手の感情を理解したり、ものごとの価値を判断するとき、その感情やものごとに自分で色をつけるのだと私は思っています。そして色をつけるのには、自分の持っている絵の具しか使えない。自分の感情や価値基準のバリエーションの中でしか判断できないのです。気づけない人間とは、この絵の具の色数が少ない人間ということです。相手が紫のスミレを見せてくれようとしたのに、無遠慮に青の絵の具を塗りたくってしまう人間です。
だからつまるところ、バランスが大事なのです。「前向き」と「前向き嫌い」のバランス。前向きなときは思いっきり前向きでいいけれど、「このまま突き進んで大丈夫?」とか「前向きな自分ちょっと気持ち悪いな」とか言える時間を持つこと。
そう思うと、「勝間和代VS香山リカ」の対決を見ることができるのは、とっても健全な状態だと思うのです。
勝間さんの言うように、現状に不満があるならば、変わろうとすべきです。何もせずに愚痴を言うのは不幸です。
そして香山さんの言うように、人間の弱さや理不尽な宿命というものへの配慮は必要でしょう。
強くなろうとしながらも、弱さへの配慮を忘れないこと。それが必要なのではないでしょうか。
勝間さんのメッセージが香山さんから見て、「弱さへの配慮に欠ける」のは仕方ないと私は思います。「変わって強くなろう」というメッセージを発信する本に、「弱くてもしょうがないよ」と書いては読者は甘えてしまうでしょう。
でも私たちはそういった本ばかり読むわけではありません。前向きになりたいときは勝間さんの書くような本にお尻をたたいてもらって、突っ走った自分を振り返りたいときは、香山さんが発しているような声に耳を傾ければいいのです。こういう相反する(ように見える)意見に触れることが、先ほどの例えとして述べた「絵の具の色数」を増やすことにつながるのだとも思います。
余談ですが、斎藤環が勝間さんについて書いたものがおもしろかった。
http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=225&nif=false&pageStart=0
ユーモアに欠ける私には、その発想はなかった!
この斎藤さんは精神科医なのだけど、私が興味あるトピックを調べるとちょくちょく登場するんだよなぁ。
一度斎藤さんについて調べて、もっと著作を読んでみなくては。
(1694字 所要時間約2時間)