私の最後の日


よくやった。 よく生きた。

ついにきた。 ここまで来た。

ここまで私はよくこれたものだと、何度も頭の中でつぶやく。

今までを振り返ってみるが、不思議とあまり浮かんでこない。
不自由になった体ももう気にならない。

わずかに見える視界からあたりを見れば、長年付き添ってきた女房と子供、孫や親戚、親友まで来ていた。

いよいよかと思える光景だった。

周りの声もなんだか聞き取りにくくなり、小さくなった心臓の鼓動もいつからか忘れていた。


そんな中、私はぼーっと真白な天井を見ていたら、突然はっきりと意識が戻り、鮮明な光景となり記憶達が走り出した。

まるでそこにいるかのように、鮮やかに匂いまで分かりそうなくらいに映る過去達、自分が生きた自分の歴史の中を走り抜けていく。


そして


私はあの場所にいた。
古い街並みを抜けて行くと、細い砂利道の先の緩やかな川に掛けられた、石で出来た橋があった。

私はここを、この時間をはっきりと憶えている。そう、ちょうどこんな黄昏時だ。

泣きながら小脇に箱を抱え、少年が目の前を走り抜ける。私には彼が抱えてる物も向かう先もわかっていた。

あの日の私だ。

少年は、泣きながら何度も箱の中の子猫達をなでたりしていた。そして川に何度も目をやる。


あの日、私は飼えないと何度も親に怒られ、さらに誰かの家の前に置き去りにした所を見られて、大人から川に捨ててこいと怒鳴られたんだ。そして、私は追い詰められてこの川に捨てた。酷い事をしたと、私は生涯忘れられず、それ以来動物を飼う事はできなかった。


少年はいよいよ川に箱を捨てようとした。

私は大声で「だめだ!」と少年を怒鳴った。少年は驚き、そして罪の意識から箱を下に落とし、泣きながら何度もゴメンなさいと私に謝った。

私は、怒鳴ってすまないと言って少年に言い聞かせる。「川になんて捨ててはいけない。可能性がある限りあきらめないで。友達にも協力してもらうんだ。それで駄目なら飼ってくれそうな家の前に置いてあげて。命を捨てちゃ駄目なんだよ。」

私は、少年に話しながら自分にも話しているようだった。少年はうなずいて箱を持ち、子猫の目を見ると、泣き止んだ目でしっかり前を見てまた街に走って消えて行った。


そのあと私は、ふっと軽くなるのを感じた。胸のつかえが取れた感じだ。もうココロを縛る物はない。そう思った瞬間、今までに感じた事のない安心と穏やかな眠りが訪れた。私はそれを拒む事なく受け入れる。



それが私だった最後の記憶だろう。









人は最後の瞬間、人生を走馬灯のように見ると言う

それは魂と肉体を繋ぐ想いを一つ一つ断ち切るためであり、一番ココロを縛る人生の一コマへ戻らせて、迷いを断ち切らせてくれる。


そして


肉体というかせをはずした魂は


あの日の空へ 新しい命へ


命の燈の記憶を 空へと還すんだ
photo:01