畑荒しに関する考察に続き、渡直人が抱いているであろう不安について、前半・後半に分けて考察したいと思います。

初回投稿:5.18

更新(大幅に加筆):5.19


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「渡くんの××が崩壊寸前」作品紹介

考察項目・計画

今回は、彼の不安を考える上で大きなヒントとなるであろう2巻第6話について考察します。

なお、このエピソードは前後の流れから見ても唐突な感があったりするため、エピソード単体に対して細かな考察をする必要がある感じです。ですので、内容的には一緒ですが、細かな考察の過程を記述した「解析型」と、これを踏まえ、ある程度読みやすいように編集した「読み物型」の2つを投稿させて頂きます。ご了承下さい。

本投稿は「解析型」になります。記述が冗長かつ分かりにくいかと思いますが、ご理解ください。


2巻第6話の、電車の中での渡直人と館花紗月との会話のシーンは極めて重要と思われます。渡直人の抱いているであろう館花紗月に対する何らかの不安が色濃く描かれているかと思われまが、極めて不可解です。

館花紗月の言動に関する考察で一度考察しましたが、渡直人の立場から今一度、このやり取りについて考察したいと思います。


一連のやり取り

①水着売り場で館花紗月の着替えを覗いてしまって気まずくなり、また、照れながら怒っていた館花紗月にモヤモヤとした感じを抱いていた渡直人と、石原紫がこっそり渡直人を尾けてきているのを見た館花紗月は、通路を挟んで電車のシートに腰掛けていた。渡直人は照れたような表情、館花紗月は俯向き加減で落ち込んだような目に光のない表情をしていた。

(電車の中で並んで座らない2人)

②館花紗月が、「直くんってさ、全部私が悪いって、周りの人には言わないんだね。」と言う。渡直人は「」と、汗を流しつつ館花紗月を見る

③館花紗月は、「じゃなきゃメガネくんが私のこと旅行に誘うわけないし、今までのこと言えばFカップちゃんの誤解もすぐ解けるのに。」と、目に光のない表情で、俯き加減で言う

④渡直人は、『自分のせいだという自覚はあるのか』と内心で思いながら、「別にそれはオレらの問題だし。」と答える。

(いつもとは違う館花紗月に違和感を覚える渡直人)

⑤渡鈴白が館花紗月に対し、「紗月ちゃん、お話するならこっち座ればぁ?あいてるよぉ」と言う。

⑥渡鈴白の呼びかけに対し、館花紗月は、「ありがと、でも」と言う。表情は不明。

⑦渡直人の方を向き、少し頰を赤らめながら寂しげな笑顔を浮かべ、「私はこっちでいいよ。見ているだけでいい。」と言う(見開きで黒塗り台詞

(不穏な発言)

⑧館花紗月は、「直くんのことよく見て、直くんが困ってたら助けてあげる。」と言う。渡直人は一滴汗を浮かべ、驚いたような表情

⑨渡直人は驚いたような表情で「それって、罪滅ぼしのつもりかよ?」と言う。

(不穏な発言その2)

渡直人は⑨の次のコマで、目を見開き愕然としたような表情で、それとも」、「それとも」と言う。

11 館花紗月は微笑みながら、光のない目で無言で渡直人を見つめる。

12 渡直人は「」と発しかけた言葉を飲み込み、「いや、なんでもない」と言う。表情は分からないものの、顔を赤らめ、汗だくになる。

(聞くに聞けない質問、館花紗月の微笑み)

1315は渡直人の内心の独白】

13 言おうとしたんだ、オレ

14 紗月との間には 常に6年分の空白とわだかまりがあって

15 今の関係だって、いつ壊れてもおかしくないくらい 脆いものなのに

(漠然とした不安)


個々の考察

本来ならば番号順に考察するところですが、今回については、一部順番を入れ替えてやらないと意味が通じません。やや不自然な流れになりますが、ご了承下さい。

①渡直人は館花紗月の着替えを覗いてしまった気まずさを抱き、また、その後に彼女に対して抱いたモヤモヤした感じ(彼女の恥じらう態度に対する好意めいた感情?)の扱いに戸惑っていたものと思われます。そのため、顔を赤らめ、そして館花紗月から視線をずらしていたのでしょう。

館花紗月は、水着売り場でこっそり尾けてきた石原紫を見かけたことから、今も尾けているかもしれないと思い、渡直人の隣に座ることを控えたのでしょう。渡直人は石原紫に好意を抱いている訳であり、ここで渡直人の隣に座って関係を見せつけるような、関係の進展を妨げかねないような行動は控えようと思ったのでしょう。そして、そうせざるを得ない状況(渡直人は石原紫に好意を抱いていて、好意を持たれていない自分は遠慮せざるを得ないこと、いずれ渡直人の前から去らなければない立場であるので、石原紫を押しのけてまで渡直人の彼女になる資格もないこと、そして、もし仮に渡直人と恋人になれたとしても、結局は別れを告げ彼にまた悲しみを味あわせてしまうため、そんなことなど願わないほうが彼のためであること)に悲しみ、そして諦めといった感情を抱いていたと思われます。そのため、俯き加減で目の光もない、生気のない表情をしていたのでしょう。

②今まで館花紗月はこういった自分を客観視する発言をしたことはありませんでした。渡直人は呆然とした表情を浮かべ、汗が滴り始めています。また、先程までの照れに似た表情も消えています。普段と違う彼女の態度に驚き、そして不穏な雰囲気を感じたのでしょう。

③館花紗月としては、②からの発言の流れの中で、全部、自分のせいだと徳井や石原紫に言えばいいのでは?と渡直人に水を向けたのだと思います。キスは館花紗月が一方的にしたことであり、抱きついた件の原因には館花紗月の曖昧な態度(下着を着ていないと渡直人に誤解させてしまった)もある訳であり、包み隠さず言えば石原紫の誤解も解けて関係も良好となり、渡直人のためであると考えたのでしょう。俯き加減で目の光もなく、無表情に近い状態であるので、館花紗月としては決して望ましいことではないのでしょう。しかしながら、彼女自身が状況を覚めた視点で見たら、そういう考えになってしまったのでしょう。

渡直人としては、いかに迷惑を被ろうとも館花紗月を悪く言うつもりはないのでしょう。逆のケースになりますが、4巻においてクラスメイトが館花紗月を軽い女扱いしていたら、猛然と反論しています。また、電車から降りた後、石原紫にキスのことを問われますが、結局は何も言い訳をしていません。館花紗月への潜在的な好意がそうさせるのでしょう。そして、館花紗月の発言に次第に不安が増大しつつあるのでしょう。このコマの2つ前では、今まで見せたことのない驚いたような表情をし、このコマでも汗をかきはじめています。

⑤(特になし)

⑥「ありがと」のコマでは表情は分かりません。しかし、その後のコマでは微笑んでいることから、この後の一連の発言について、ある意味覚悟を決めたのでしょう。

⑦この台詞では、『2人の傍らに寄り添い、渡直人の彼女として、そして鈴白と3人であたかも家族であるかのように暮らしていくことは出来ない。私は離れたところからあなたを見守ってあげる。』という事を述べているのだと思います。いずれ居なくなってしまう館花紗月が渡直人の隣にいては、石原紫と仲良くなりたいという渡直人の願いを妨げてしまうし、仮に渡直人と恋人となり、鈴白と3人で仲良く過ごせたとしても、結局、彼女は姿を消してしまうのですから、残された2人には戸惑いと悲しみを与えてしまいます。6年前のように。だから、彼女は2人の傍に来ることは出来ないのでしょう。ただ、渡直人のことは愛おしいので、彼に踏み込むことなく、距離をおいて見守っていたいという気持ちが「見ているだけでいいとなったのでしょう。

⑧この台詞、そしてこの時の表情からは、慈しむような愛情すら感じられます。しかしながら、⑦の台詞ともども、優しくして欲しいとか、大切にして欲しいなどといった、彼女の生きた感情の存在は感じられません。自己の感情を、そして存在を排除した、一方的な奉仕の宣言です。非常に無機質な印象を受けます。

⑨渡直人は⑦、⑧の発言の不穏さに驚いたのでしょう。表情がそれを物語ります。そして、「それって罪滅ぼしのつもりかよ?」という台詞は、館花紗月の⑧に対しての質問なのでしょう。何故、一方的に尽くすのか?と不気味さすら感じているのかもしれません。

⑩この時、聞きたかった内容は、⑦についてか、それとも⑧についてなのか、あるいは両方に関するものなのかのいずれかだと思われます。

先に1415を考察します。

1415 脆いもの』と渡直人は感じています。何かが原因となり、関係が壊れる懸念を持っているのでしょう。関係が壊されるとしたら、以下の3つのケースが考えられます。

その1:渡直人が壊す

その2館花紗月が壊す

その3:それ以外の要因

その2はありません。館花紗月の過剰な言動は時折ありますが、渡直人が困る程度であり、関係を壊すほどではありません。何より彼女は関係を壊すことを決して望んでいません。涙ぐましい程、関係性の向上に努めています。

その3としては、例えば渡直人が渡多摩代の家を追い出されて転校などしてしまい、関係が失われることなど考えられますが、そんな状況はありません。何だかんだ言いながら、渡多摩代は親切です。他の第三者の働きかけなどもありません。

可能性があるとすれば、その1かなとは思います。渡直人は館花紗月を嫌う言動をしており、そのことが関係を損なう可能性はあります。しかしながら、この三日後には臨時バイトを終えた後、渡直人は館花紗月にこれからも関わりたいと必死で呼びかけていますし、この1週間前にはスカートめくれを防ぐためにために、石原紫の目の前にであるにも関わらず、館花紗月に思わず抱きついたりしてるので、その1もやはりないでしょう。そもそも嫌ってる態度も館花紗月への好意の裏返しです。

結局、作中において2人の関係が壊れそうになるシーンはありません。

おそらく、渡直人は、今の館花紗月との関係が壊れてしまうとの漠然とした予感、危機感を抱いているのでしょう。それも、この時だけでなく普段から。14の「常に6年分の空白とわだかまりがあって」という台詞から、6年前のようなことが再現してしまい、またも「わだかまり」(4巻第2話で彼が語っているような「喉の小骨が引っかかっているような感じ」)と、「空白」(彼女と会えなくなってしまう悲しみ)を味わってしまうことを恐れ続けていると考えられます。

これを踏まえ、⑩に戻ります。

⑩一連の会話の流れの結論が、「15」で示されたように、いずれ館花紗月が去ってしまう懸念であることから、この時、口に出せなかった質問は、⑦と⑧の両方に関することだと思われます。⑨の「それって罪滅ぼしのつもりかよ?」という質問は、過去の行為の償いか?という意味合いであり、⑧のみに関する内容です。これに続く質問は、おそらく、将来起きるであろうこと、また彼の前から突然に姿を消すことに対しての前払い的な償いか?といったことではないでしょうか?たぶん、「また、俺の前から姿を消してしまうから、その前に償いをしておこうってことか?」といった感じの質問をしようとしたのではないではないかと思われます。

なお、償いとは、畑荒しとかでなく、彼に悲しみを与えたことに対して、です。彼は6年前の彼女の突然の失踪で心底傷ついていますし、未だにその傷は癒されていません。

11 館花紗月は、おそらく渡直人が何を聞こうとしたのか察したのでしょう。この時のどこか虚ろな微笑みは肯定のサインなのでしょう。そして、もうそれ以上聞くのは止めてね、との無言のメッセージを彼に送ったのでしょう。

12 13 渡直人は自分の発しかけた質問の恐ろしさを悟ったのでしょう。だからこそ、それを飲み込んだのでしょう。彼が質問を投げ掛け、そして館花紗月が正直に答えたら、おそらく彼の日常は完全に崩壊するでしょう。館花紗月もそれを話したくないし、渡直人もそれを聞きたくないのです。今の偽りの平穏を守るために。


まとめ的な考察

このエピソードは、いつか館花紗月が渡直人の前から姿を消してしまうということを、渡直人が感じ取ってしまっていることを表すものなのでしょう。館花紗月は決してこのことを口に出してはいないのに、渡直人はそれを理解している訳です。

結局、2人の心は深い部分で通じ合っているのでしょう。通じ合っているが故に、お互いにしっかりと向き合うことが出来ず、偽りの関係を続けざるを得ないのでしょう。目の前の平穏を守るために。



心が通じ合うこと、それは時として残酷です。