その日以来、母はその会社の仕事を辞め、夜、仕事に出ることになりました。
夜の仕事と言っても当時の私には分かるわけありませんでしたが、
母は私が学校から帰ると、一緒に銭湯に行き、アパートに帰ってから私だけにおかずがある夕食を作って、母は白米だけを私より早く食べ終りお化粧を始めます。
当時のテレビ番組でケロヨンが出てくる「木馬座アワー」は夕方5時半から、それが終わると「ひょっこりひょうたん島」が始まります。その二つの番組が終わるころ、母のお化粧が終わります。

母は色白で丸顔、目鼻立ちがはっきりしていました。面長でスレンダーな今の基準では美人とは言えませんが、戦中戦後に李香蘭の名前で一世を風靡した山口淑子や、ゴジラ映画に多数出演する水野久美に似た当時としては美人だと思います。それからおっぱいが大きく、銭湯でも他のおばさん達に比べて一番大きかったと思います。

その母が真っ赤な口紅や青いアイシャドウなど、それまで見たことないように入念な化粧を施すと、6歳の自分にも胸が苦しくなるようなほど魅力的に見えました。

でも、それと同時に自分の為だけに愛情を注いでくれる優しい母が、マネキン人形のような美しい女になって、何処か違う世界に連れ去られしまうような恐怖を覚えたものでした。
母は私をギューッと抱きしめた後、「いい子にしているのよ」と言って出かけて行ってしまいます。

私はその後7時半まではテレビを見ていいことになっていて、その後ひとりで布団に入ってもなかなか眠ることが出来ず、寂しくて涙を流しながら寝入りしてしまうのが私の日課でした。

ある日の真夜中、アパートの戸が開き母が帰ってきた時に目が覚めたことがあります。

母は誰か男の人と一緒のようで、私が寝ていた部屋とは襖で仕切られていて見えませんでしたが、

「送ってくださってありがとうございます。」とお礼を述べた後、
「いやっ」というか細い声がすると、無言になり、何秒か後に母の荒い息遣いの後、

「だめ、」「子供が寝てます」と言ってまた1分ほど音がなく、

「駄目です、やめてください」と、母は今まで聞いたことがないような弱い女の声になっています、


私は襖の此方側で母が困っていると察知して、助けに行かなくてはと立ち上がり襖を少しだけ明けると、

母がその男の人に押さえつけられているような姿が見えました。

 

ただ、その後、5分か10分かの記憶がありません。

何か見てはいけないものを見てしまったショックで、思いだそうと思っても思いだせないのです。

 

それでも何故か私は胸が苦しくなり、襖にもたれかかると、ドシンという大きな音がして、
玄関で男の人と居た母は、私に気づいて男の人を押しのけるようにして離れ、その男の人をアパートの外に出して、何か言って強引にドアを閉めました。

私は夜中に起きて叱られるかと思いましたが、母は私を叱る代わりにギュッと抱き締めながら声を出して泣いていました。