今朝の散歩道、今日は師匠 待野氏からでは無く


素敵な先輩お二人からの 返歌のご紹介です。


流石に男性とは景色の違う 17音でした。


俺は、まだまだ、ダメやな!



1️⃣

素敵な           今朝の散歩道?でしたね。

夾竹桃の華やかな終焉と、  その足元で芽吹く

  「ひこばえ」の対比。
雨の日の朝、わずか5分間の観察にこれほど深い生命の循環を 見出す感性に、静かな感動を覚えました。

散りゆく花の記憶を背負いながら、            次なる生へと繋ぐ「舞台袖」 という言葉選びに、     芳遊さんの人生を見つめる温かな眼差しが色濃く表れていますね。

日常の何気ない一瞬を、こうして瑞々しい文学へと昇華させる朝の営み、心より敬服いたしました。

では、先輩からの17音
        雨のあと            名もなき命           青く萌え
(あめのあと なもなきいのち あおくもえ)
         朱音 



更に、もうお一人の句の先輩からは、、



2️⃣

夾竹桃の花は終わった。
けれど木は終わっていない。
花の華やかさが舞台なら、       ひこばえは楽屋裏。

誰にも拍手されず、誰にも気づかれず、 それでも次の季節の支度を始めている。
そんな姿に目を留める芳遊さんだから  こそ、あの五分の散歩が一篇になる   のでしょうね。

篠の返歌は


散る花の
ぬくみ残して
ひこばえる

梅雨しずく
根もとの声を
聴いている

とも詠みたくなります。
あるいは、風音らしく少し柔らかく、

花の座を
降りてひこばえ
雨を聴く

芳遊さんの

梅雨空に
ひこばえ歌う
舞台袖

は、ひこばえを「次の出番を待つ役者」 と見た句。
私は少しだけ女性らしく、
「役を終えた花」と「これから役を受け継ぐひこばえ」
その間に流れる静かな時間を見ていました。
       風音 篠