宅配の仕事を始めてから何年たつのだろう。

5年のような気もするし4年のような気もする。

 

かつて全く別の業界で悶着を起こして敗北し、藁をも掴むように敷居の低いこの業界に入った。

 

 

 

 

監禁されないという意味では自由だったが、引っ越しも自由に出来ず、郵便物ですら一度管財人を経由して開封済みのものが届くという状態だった。

3ヵ月に一度ほど地裁へ出向き、時には突然呼び出されて尋問のような時間を過ごしたり、かつての仲間からは理不尽な訴訟を起こされ、その収束の為に小金をむしり取られた。

 

そんな中で付き合いの始まった女性からは、たびたび司法の権力者に呼び出されたり、いつ終わるのかわからない不安を吐露する私にこそ不安を感じたようで、1年を経過することなく「支えていく自信がない」と言って去っていった。

皮肉にもその後わずかな期間で瞬く間に全ての争いごとは収束をし、私は自由になった。

 

 

見えない鎖から釈放された、という安堵は今でも鮮明に思い出せる。

 

ただ、それまでの10年は私にとっては決して消えない、おそらく人生で最も記憶に残る10年だったはずだ。

 

自由になったことを喜び、【50からの生き直し】と思いながら過ごす日々の中で、ふと自分を見つめなおした。

 

 

【人と同じように】 とか 【人並みに】 などという一般的な人の枠に収まらない立ち位置にいると実感することは日常茶飯事で、そのたびに自分を卑下するばかりだ。

 

他者と自分を比較することには何の意味も無いとわかってはいる。

だけども時にしてしまう。

10年以上の懲役を経て社会に復帰した人の記録などと私を比較してしまったが、笑いが込み上げるほど差を感じない。

 

資産や人間関係や生活環境がまるっと変わった中で、別人のように新たな人生を積み上げていくのだから。

10年の懲役から社会復帰した人は、一般的には100万円ほどの現金を持っていることが多いらしいが私はマイナスだったのでスタートラインは出所者のそれよりも過酷だったかもしれない。

 

まぁ、いくら自分を卑下したところで腹が膨れることなどないのはわかっている。

そんなことはさておき【やり直し人生の2年目】というのが今の私で、良いも悪いもなく生きていくわけだ。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

人間関係はゼロではない。

職場でも笑いながら会話をする人はいるし、時折便りをくれる人もいる。

両親とはかつてないほどに頻繁に連絡を取っている。

私のつまらない日記ブログに反応してくれる人もいる。

 

 

引越しをしても良いと思える状況にもなった。

一人暮らしにも慣れたもので、自炊にも苦労をしなくなった。

屋根がある部屋に住めて、好きなものを食べられることに感謝をした時期もあったが、贅沢になったようで

今では生意気にも生活の質の向上などを望んでいる。

 

わずかな貯金の残額に一喜一憂し、今自分に何ができるのかを考え、その力の無さを憂えて思いとどまる。

その繰り返しの中で【諦め】に似たような気持も沸き上がってくると、ひたすら落ち込んだりもする。

 

心のバイオリズムというのだろうか。

喜びや前向きさが充実している時間と、あまりにも矮小な自分の現実をプレッシャーに感じている時間が交互にやってくる。

今はどうやらプレッシャーと対峙している。

 

 

◇◇

 

 

今日はオフなので、年末までの収支を試算しておいた。

安心というものからは百億光年離れているが、健康でさえいれば明日の糧食を心配することは無い。

 

 

 

 

孤独に苛まれたとしても、今は酒食や目の前のスキマを埋めるようなエンタメで自慰行為が出来ている。

 

きっと、今は【幸せ】という状態なのだろう。

 

なのに、空虚なものを常に感じている。

失ったものに思いを馳せてしまう。

光り輝いているはずの、思い描いた未来にさえ【それでいいのか?】と自ら水を差してしまう。

 

考える時間というものは、長ければいいというものではない。

決めたら後は動くだけ、そういう状態が良い。

目標に向かっている時だけ、自分を褒めていられる気がするからだ。

 

決めたことはあっても、今は動かず現状維持。

そう決めたはずなのにだ。

風林火山の【山】でいなければならないはずだが、思考は止まらない。

おそらくだが、じっとしていることの苦痛を感じているのだろうと思う。

 

新たに見つけた白髪に焦るように、じわじわと進む【老い】も感じている。

時折痛んだりするカラダの各部位や、視力の衰え。

心持ちとは逆に進む身体の劣化とも闘わなくてはならない。

 

大事にしているものは、自分を信じる事。

わかっているつもりでも、グラグラ揺れる。

5分前まで自信満々でも、10分後には下を向いていたりする。

 

時間だけは、容赦なく進んでいく。

私も、進みたいのだ。

 

 

◇◇

 

 

日々の細々とした出来事や、つたない自炊の報告にも似たような日記を綴る。

それにさえ、悪態をつきたくなっているので今は休んでいる。

あまりにも代り映えのない日々だと感じると、自己嫌悪が止まらなくなる。

 

ただ、日記は自分を見つめるのにはちょうど良い。

やめることはないが、今少し休憩をしようと思っている。

 

誰の何のプラスにもならない私の日記ブログを読んで、コメントやメッセージなどをくれる人に対しては、親しみを感じているわりに誰よりも遠いと感じていたりもする。

家族や友達のいない私にとっては貴重な繋がりでもあるが、気軽に誘える相手でもない。

なのに、大事のものだと思っているのはきっと、人との繋がりというものを私が大事に思っているからだと思う。

 

 

◇◇

 

 

4月20日(木) オフ

 

夏が近い。

 

窓を開けていても、部屋の中は日差しで暑く感じる。

何もしなかった午前は終わった。

 

午後からは家事を始めるつもりだ。

いつものように掃除をして洗濯をして、食事を作る。

 

特別なことをするとしたら、それからだ。

きっと自転車で散歩のような買い物に行って、酒を飲んで夜が更けるだけだろうが。。。

 

エンタメ要素など微塵もない日々を、今しばらくは続けるのみだ。