2012年9月6日、7日に東京芸術劇場で開催された「Mai Kuraki Symphonic Live -Opus 1-」にて初演された壮大なバラードです。

シンガポール、中国、香港の合作映画「画皮 あやかしの恋」の日本語版主題歌として起用されており、シンフォニックアレンジの曲に普段よりクラシカルな響きの歌声が、また違った魅力を放つ一曲になっています。

同じ曲でジェーン・チャンさんという方が「画心」というタイトルで中国語版主題歌を担当されています。
2008年の発表なので、倉木麻衣はカバーという位置付けですね。
こちらも伸びやかな美しい歌声で素敵。


作編曲を担当されたのは藤原いくろうさん。
あまり詳しく存じ上げないのですが、ビーイングのクラシックを担っておられる方でしょうか。
他にも色んなアーティストのシンフォニックライブをプロデュースされているようです。


さて、本作は倉木麻衣が映画を観て作詞したとの事ですが、ストーリーとはあまり深くリンクさせていないと思われます。

私自身この映画を観ていないので多くは語れませんが、映画から「儚さ」を感じ、その感情にスポットを当てて、倉木麻衣の解釈が述べられているのではないかな、と。
オリエンタルな雰囲気は曲との相乗効果で引き立っています。



「揺れる水面に映る
月の姿のように
愛は形を変えて流れていく
終わらない夢乗せて」

『月が綺麗ですね』とは夏目漱石の言葉として有名ですが、この月であったり星であったり花火であったり、美しいものを見上げて愛情を重ねる心が日本人にはあると思いませんか…?

しかし、ここでは「揺れる水面に映る」月を見下ろして、不確かに、不安定に、ゆらゆらと移ろう「愛」を眺めて悲しみに暮れています。

ここで言う「夢」とは、後に語られる「あなた」への焦がれる想いではないのかな、と思います。
すでに形を変えて「夢」でしかないんですね…。


「あなたの瞳の奥に
今も私がいるの?
眠れぬ夜 想うほど 遠くに
悲しみが愛を奪う」

『私のことを考えるときはありますか?』
と問いかけてはみるけれど、わかりきったことなのでしょう。
「私」と「あなた」の感情は「想うほど 遠くに」感じてしまうほど、隔たりがある…想えば想うほど愛する感情が悲しみに変わっていってしまうとは、切ない歌詞です。


「震えるこの想いに
初めて知る儚さ
愛は誰にも負けないけれど
私だけ見つめていて」

一番の歌詞を受けている部分です。
「けれど」の後に隠されている言葉は何でしょうか…
明らかな事は言わない、でも伝わる…言葉は不思議ですね。
これ以上書くと重く、恨み節のようになってしまいますが、削ぐところは削いで、あるいは言い換えて表現しています。
今にも消え入りそうな「あなた」への大切な感情。
「夢」へと形を変えてしまった二人の愛情に、『あぁ…これが儚いということなのか』と気づく「私」。
でも「あなた」を責めることはできない。
そして、『あなたもそうであれば…』とただただ叶わない夢を見るだけ。


「時が過ぎていく中で
運命さえ変えていく
教えて欲しい 本当の理由を
二人出逢ったのは何故?」

『いっそのこと出逢わなければよかったのに…』
そう投げ出したい気持ちもあるでしょう。
でも、「あなた」との出逢いは「私」にとって恋が成就するしないだけの関係なのか?
「私」はそうではないと思いたいようです。
心に素晴らしいものを残した「あなた」との出逢い、それは「私」をどのように導くものなのか?
助けを求めるように問いかけますが、答えられるのは自分自身でしかありません。


「信じることで」
「愛の軌跡を 今繋いでいけるはずね」

「あなたの胸の中で眠る
あの頃に戻りたい」
「あなたの夢の中で生きる
あの頃に戻りたい」

彼女が選んだのは信じること。
しかし、サビの部分でも感情が停滞している感じがあります。
むしろ「あの頃へ戻りたい」と愛情に強くとらわれています。
確かにあった、「あなた」との愛が導くもの。
それはまだ誰にもわからないでしょう。
愛情が儚く消え去ったあと何が残るのか…この曲では語られることはありませんでしたが、今後他の曲にヒントが出てくるかもしれませんね。


『儚い』想いを、言葉にしようと試みた作品だと思います。
目に見える物、景色、視線といった視覚的な表現に置き換えたり、問答という形で感情の引っ掛かる部分を明らかにしてみたり…ひとつの感情を突き詰めようとする世界観は他の作品ではあまり無いものではないでしょうか。



曲についても少し。

この曲のハイライトは二番終わりの間奏に訪れます。

ピアノとチェロとの掛け合いから、倉木麻衣の高音フレーズ!

初めて音源を聴いたとき、私は何故かその声が彼女の声だと認識出来ていなかったようで、何度か聴くうちに、「あれ…すごい…すごいすごい」と気づいていくのでした笑

高音フレーズの後にはチェロのソロが入り叙情的に歌い上げます。

この間奏部分は素晴らしいですね…。

言葉のない音と音のやり取りですが、『愛おしい』『切ない』と訴えかけるものがあります。

シンフォニックライブなどでは、この高音フレーズはオクターブ下げて歌われています(上の動画も)。
万全の準備を整えないと精度が悪い限界最高音なのでしょう。

それでも確かな表現力を感じさせる歌唱です。
シンフォニックライブとの出会いが生み出した、新境地ではないでしょうか。


さて、次回からはアルバム一枚をじっくり取り上げてみたいと思います。
2017年に発売された「Smile」です。
不思議な魅力をもったこの作品を、じっくり考えてみたいと思います。


歌:倉木麻衣
作詞:倉木麻衣
作曲:藤原いくろう
編曲:藤原いくろう