久しぶりに更新します。
まずは3.11から。忘れてしまいそうなので・・・
3月11日、母は13階建てマンションの7階にいました。
引越しの準備真っ最中で1部屋に中身を詰めたダンボールを積めるだけ積んでました。金八先生の再放送を見ながら新品のお雛様に防虫剤を入れて保存しようとゴミ箱の上で防虫剤の封をはさみで切っていたときに揺れが来ました。
あー地震だ。と思いながらダンボール部屋にはるちゃんが入りこんでたので、抱き上げました。だんだん尋常じゃないくらい揺れだしたのではるちゃんを抱っこ紐で固定して貴重品や母子手帳、オムツセットをかばんに入れて玄関のドアを開けました。
一人でこの恐怖を背負うのはあまりにも重く、誰かとこの怖さを共有できるんじゃないかと玄関のドアに傘をはさんだまま内廊下に出てみました。平日の昼間だったので住人の人は誰一人マンションの内廊下に出てきていませんでした。マンションのエレベーターは普段はみることのない鉄扉で覆われていていました。外階段への扉は開いていたので外に出ようかと思いましたが、揺れていて、足が震えている状態で7階分を子供を抱きながら安全に降りる自信がなかったのでやめました。
収まったので部屋に戻ると、一番上に積んだダンボールが落下して下にあったお雛様のダンボールに直撃していました。幸い一番上のダンボールには保存容器類を入れていたのでお雛様は無事でした。テレビがついていることを思い出して、見ていると8の安藤さんが「人々が次々と波に飲み込まれています」と普通に言っていて、その模様が中継されていて、消してしまいました。野生の王国のナレーションのような語りにとても違和感を感じました。自分が味わっていることとくらべものにならない程度のことを味わっている人がいるということをテレビで知って、冷静になりました。
今の地震で火事を出した人がいればいますぐ避難になると思い、トートバッグに入るだけ持ち出せるものを集めました。はるちゃんの小さな毛布やまだ卒乳してなかったのでミルク類のセットも持ち出しました。
2度目の大きな地震はそれからすぐきて、母は内廊下ではるちゃんを抱いて目をつぶりながらネンネーと言いやりすごしてましたが、はるちゃんは目をつぶるわけでもなく母が怖がってるのが伝わったのか怖がってました。ライフイズビューティフルの人すごいと思いました。
また部屋に戻ると机の上に小さなメタルラックを置いてプリンターを置いていたのですがそれが倒れてプリンターがほかのダンボールに直撃していました。
こんな大きな地震がもっときたら、これより大きな地震がきたらこの建物は崩れるだろうと思いながらこれからはるちゃんとどうしたらいいのか、ここにとどまっていてもいいのか、はるちゃんを自分ひとりで守れるのかと途方にくれていると父が帰って来ました。母はがらにもなく泣いてしまいました。母が怖いからというよりも、はるちゃんを守る責任が分散された安心感や夫が無事だったことで母は泣いたんだと思います。
父は会社の避難場所へ歩くよりも自宅に歩いたほうが近いからと周りの人にことわって自宅に帰ってきてくれたそうです。道路には人があふれているような状況でしたが、母が普段公園活動をしている東郷公園とか全部確認しながら帰ってきてくれたそうです。
その夜は結局買い置きのレトルトカレーと父のおじいさまからいただいていたチンごはんを食べて、服のまま眠りました。母の携帯電話がauだったので緊急地震速報がなりまくりました。そのたびにはるちゃんは泣き、はるちゃんの身を守る為抱き上げていました。父の携帯はソフトバンクだったのでなりませんでした。夜中父から「緊急地震速報うるさいからきっといて」と言われました。母は命綱だと思ってる緊急地震速報をうるさいと思っていることと非常時の夜にガッツリ寝る気だということに驚きましたが、母は反対の性格の父と結婚してよかったと思いました。