齋藤飛鳥のマネージャーを勧められる夢。 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 母に連れられて仕事の面接に来た。二十歳の頃から三十年以上、何ら仕事にも就かず子供部屋に引きこもっている愚息。それが僕だ。明日をも知れぬ病に冒された老母は流石に息子の将来、自分の亡き後の息子の、それは将来というより、今となっては老後の話だが、それが心配となり、伝手を頼って見つけた仕事場に僕を無理やり連れて来た次第。
 連れてこられたここは明るく洒落たオフィス。働いているのは皆、若く垢抜けた男女ばかりだ。
 大昔で言うところのフジテレビの月九ドラマ? まるでバブル期の恋愛ドラマの舞台となりそうな雰囲気なのだ。
 今さら僕がこんな場所で働けるわけがないだろ?……
 一歩オフィスに入った途端、はや臆して萎縮してしまう。華やかな若い男女が生き生き働いているこんな場所に、五十歳もとうに過ぎて、老母に連れられて面接に来ているのが惨め。この上なく恥ずかしい。
「無理だって。こんな場所、ぼくをそもそも雇ってくれるわけがないでしょうが!」
 確かに社会に向き合わず逃げ続けて来た僕が悪い。しかし今さらこんなところで物笑の種にしようとするなんて、あまりに母の仕打ちも残酷だ。既に泣き声。必死に逃げ出そうとする僕。母は老いた身で「待ちなさい。話だけでも聞きなさい」と又これも必死でそんな僕を引き止めようとする。華やかでお洒落なオフィスの入り口で社会性と無縁のまま五十路を過ぎてしまった男が老母に駄々こねている。惨め極まるとはまさにこのことだ。
「まぁまぁ。お母さんも、そっちのおじさんも落ち着いて」
 諍う僕と母にいつの間にか近づいていた男がそう言いながら仲裁に入る。歳の頃三十前後くらいだろうか、身長も高くスマート。服に全く無知の僕にも一目でわかる高級スーツに身を包んでいる。如何にも世慣れて周囲からの信頼も厚いやり手のビジネスマンといった雰囲気だ。
「あ、社長さん。みっともないところを見せてしまって……」
「大丈夫ですよ」母から社長と呼ばれたその男は余裕綽々の笑みを絶やさず言う。「お母さんにはずいぶんお世話になっているのだから、これくらい気になさらないでください」
 うちの母から世話になっている?
 明らかに住む世界が僕らと違うこの男に、いったい母がどんな世話をしたというのだろう。どう考えても無理がある愚息に面接の機会を与えてくれるほどに……。
 それ以上に気になるのが男の傍らにいる華奢な若い女性。クリーム色のチノパンツに白いワイシャツ姿。飾り気のない、こざっぱりした衣服に身を包んで、しかし漂わせているオーラが半端ない。しなやかな手足に整った目鼻立ち、くすみ知らずの白い肌……思わず固唾を飲んでしまうほど美しい女だ。彼女が最近よくテレビで見かけるトップアイドルだと気づいた。
 齋藤飛鳥だ。
「仕事はこの娘のマネージャー。さほど難しい内容でもないから、よかったら奥で話だけでも聞いてみませんか?」
 男が僕を宥めるように言う。その傍らで齋藤飛鳥が無表情に会釈をする。そっぽを向いたまま。僕に対する不快感が露わな態度だ。
 母も、そしてこの男も、一体なにを考えているのだ? こんなトップアイドルのマネージャーが僕に務まるはずないじゃないか。
 あるいは醜く無様な引きこもりを隠しカメラで撮影して皆で嘲笑うどっきりの類いではないのだろうか?
 そう思った瞬間、はっと我に帰る。
 ここは自宅のリビング。テレビを見ている最中だ。
 そこに映し出されていたのは今まさに僕が受けていた仕打ちそのままのどっきり。しかし騙されているのは僕ではなく他の男だ。男に寄り添う母も僕の母ではない。
 よかった。恥辱を受けていたのは僕ではなかったのか。そもそも僕の母は既に他界していると今さらながら思い出した。
 我に返って、一人居の自宅で心底ホッと胸を撫で下ろす。と同時に、隠し撮りで晒し者にされている僕と同年代の男が不憫でならなかった。あるいは一つ道を踏み外せば僕もこの男と同じ境遇に陥っていたかも知れない。そう思えばなおさらだ。
 社長に扮しているこの男も、そして齋藤飛鳥のことも、何ならぶん殴ってやってもいいんだぜ。液晶画面のなかで醜態を晒しまくる見知らぬ男に内心そう言葉をかける。共感性羞恥と共にだ。
 よく見ると騙されている男は心なしか僕に似ている気がする。男の傍らの母も、あるいは僕の母が今なお存命ならばこんな雰囲気になっていただろうか?……そんな思いも見ていて湧く。
 今テレビで晒し者にされているこの男、あるいはパラレルワールドの一つを生きている僕なのではなかろうか。一つ間違えれば僕がこの男の世界を生きていたのかも知れない。そう思えば心底やり切れない。
 という夢を見た。