映画『かがみの孤城』 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 本屋大賞2018年度受賞作。今回観たのは2022年に劇場公開されたそのアニメ版。
 同級生からのいじめが原因で不登校に陥り、自宅に引きこもりがちの毎日が続く中学一年生の少女、安西こころが主人公。
 なぜ学校へいけないのか両親にも打ち明けることが出来ず、孤立無援。鬱屈した暗い毎日を過ごしている。そんな五月のある日、自室の鏡が突然青く輝き、驚くこころをその光が鏡の向こうに引き摺り込んでしまった。
 引き摺り込まれた鏡の向こう、そこは四方を海に囲まれた絶壁に建つ城。そして現れたのは狼面を被った謎の少女。こころより更に年下。十歳前後くらいの印象の子だ。彼女はオオカミさまと名乗り、こころを半ば強引に城に招き込んでしまう。
 招かれた城内には先客が六人。いずれもこころと年代を同じくする少年少女。
 中学一年生の男子、リオン。
 中学三年生の女子、アキ。
 中学三年生の男子、スバル。
 中学二年生の男子、マサムネ。
 中学二年生の女子、フウカ。
 中学一年生の男子、ウレシノ。
 後に自己紹介をし合って知れた六人の名前と年齢だ。
 オオカミさまはこころを招き入れた直後、七人皆にこの城のルールと城内に隠された『願いの鍵』の説明を始める。
 城を利用できるのは日本時間で午前九時から午後五時まで。その時間内なら鏡を利用して自由に現実世界と行き来することが出来る。しかし午後五時を過ぎて一人でも城内に残っていると連帯責任、その日に城を利用していた皆が狼に喰われることになる。城を利用できる期間は来年の三月まで。その間に『願いの鍵』を見つけられたら、見つけた一人だけが『願いの部屋』へ入ることが出来、どんな願いでも一つだけ叶えることが出来る。
 それがオオカミさまから七人が受けた説明だった。
 そして鏡を使って再び現実世界に戻ったこころ。その後しばらくは城へ行くのを躊躇っていた。しかし現実世界に居場所がなく苦しかったこころは、何かに惹かれるように再び鏡を通って城を訪れる。するとオオカミさまの説明を一緒に受けた六人がそこにいて、こころをも温かく迎え入れてくれるのだった。
 あらすじでも分かるかと思うが、本作のメインターゲットは間違いなく十代。特にローティーンだろう。しかし異世界ファンタジーにミステリーの要素も組み込んだストーリーテリングが秀逸。五十路過ぎた身でも十分楽しめる。
 その後こころは鏡を通して現実世界を行きつ戻りつ。六人の仲間との交流を育みながらオオカミさまが教えてくれた鍵を探す日々を過ごすようになる。その過程で、リオン以外の全員が同じ中学の在校生で、更には皆、現在不登校という共通項があると知れた。それなら不登校の者ら皆で助け合おう。相談がまとまり、こころ等六人は同じ日に登校をして学校で会う約束を交わすのだった。
 しかし、こころが勇気を振り絞って、いざ約束の日に登校をしてみると……。
 そこには城の仲間の誰一人来ていない。
 果たして城での仲間たちとの日々は孤独なこころが紡ぎ出した妄想に過ぎなかったのか? あるいはパラレルワールド設定? 七人は少しずつ違う別次元の住人で、現実世界で会うことは叶わないのだろうか?
 いずれもオオカミさまは違うと言う。それならば六人が学校で会えなかったその真相や如何に?
 五十路を過ぎた身にはこの謎解き部分が一番面白かった。鏡を抜けるとそこは別世界というのは、確かにファンタジーとしてはベタだ。『鏡の国のアリス』から百五十年の歳月が流れて今更? 願いごとを叶える鍵も然り。星新一のショート・ショートにもそんな話あったよな。しかし本作はベタな着想からの物語の膨らませ方が実に上手い。観終えた後で本作のWikipediaをチェックすると、原作はかなり分厚い内容だという。なるほど。確かに要所々々、特にこころ以外の登場人物に関しては、恐らく原作の方ではもっと背景やその内面が掘り下げられているのだろうな……と観ている最中にも漠然とその辺は感じた。しかし物足りなさは全く覚えない。原作を読んでいないのであくまで憶測となるが、恐らく映画の尺にまとめ上げるため、こころの内面の葛藤と成長を中心に再構築されたのが本作なのだろう。取捨選択を経て再構築されたそれは劇場アニメとして十分楽しめる内容に仕上がっていた。
 紆余曲折を経て、こころは一年弱に渡る城での日々の記憶をすべて失ってしまう。しかし二年生に進級した新学期から登校する決意をする。緊張の面持ちで学校に向かうこころ。そんなこころを校門の前で待っていたのはリオンだ。母親に勧められて本来は入学するはずだったこの学校ではなくハワイの学校に留学していたリオン。しかし自分の意思を第一に考えるようになったリオンは日本に戻ってきたのだ。
 城での記憶を失っているこころ。
 対してリオンはオオカミさまに頼んで特別に記憶を残してもらっている。その正体が自分が幼少の頃に病気で亡くなった姉だと気づき甘えたのだ。
 恐怖と懸命に戦いながら登校するこころに近づき気さくに話しかけるリオン。
 大丈夫だよ。心配しないで、僕がいるから……。
 こころに向けられたリオンのその笑顔は明らかにその思いを物語っていた。
 ボーイ・ミーツ・ガール。孤城の物語は終わってしまったが、こころとリオンの物語はここから始まる。もう、しょーもないいじめっ子たちを、どうでもいい脇役へと押しやって……。
 うん。後味も良い清々しいジュブナイル作品だ。交流の途中で次元ではなく時間を異にしていると気づきそうなものだが……若干それは思わなくもない。しかし十分それも許せる範囲。同じ鬱屈や惨めさを共有する仲間たちと交流できる、ここではないどこか。確か僕も中学生くらいの頃、そんな逃げ場を漠然と夢想していた気がする。
 夢見るしか術のない孤独な少年少女の、きっと今後も慰みとなってゆくのだろう。原作も。勿論、そして本作も。