NHKドラマ『ケの日のケケケ』 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 録画してあった本作。確かにこれは大変。その生き辛さは想像に余りある。 観ている最中、絶えず感じていたのはそれだ。
 感覚過敏。主人公の十五歳の少女、片瀬あまねが持つ症状だ。
 まずは聴覚と視覚の過敏。常人なら何とも感じない音や光が彼女にとっては堪え難い。常にヘッドホンとサングラスを持参。駄目な時にはそれらで音と光を遮ることで何とか日常を耐え過ごしている。昼休みの生徒らの騒々しさも無理。彼女はいつも教室を離れ静かな場所で弁当を広げる。
 更に味覚も駄目。あまりにも舌が鋭敏すぎて食べられないものはどうしても食べられない。従って日々のメニューもこれ限られてしまう。
 重度の感覚過敏。改めてそれを紹介されると実に厄介な症状だと思い知らされる。
 そんな症状に苦しんできた片瀬あまね。父親は自分の症状が改善されないことに絶望して家を出て行ってしまった。その心の傷も何とか乗り越え、高校を入学する前には既に彼女も自分の病気に折り合いをつけ始めようとしていた。自分はもう頑張らない。特に何もしなくてもよい。そういう境地に至り掛けていたのだ。
 頑張らない。特に何もしたくない。人生を只休憩していたい。だから私のことはもう放っておいてほしい。片瀬あまねの心底からのそれが願いだ。
 しかし無理解な周囲はそんな彼女を決して放っておいてはくれない。頑張る人が偉い人。人生とは何かを成すために努力するためにある。だから休憩とは頑張って努力する人のみに与えられた恩恵なのだ。病気とて諦めず、頑張り努力すればきっと克服できる。
 押し付けがましいそんな価値観の元、片瀬あまねの放っておいてほしいという思いは容赦なく踏み躙られてしまう。
 片瀬あまねが入学した高校。そこは部活動の入部を強制する校則がある学校だったのだ。
 重度の感覚過敏を持つ身には、しかし部活動は体育会系文化系を問わず地獄の責苦を負う場所でしかない。一計を案じた片瀬あまねは、彼女の良き理解者であるボーイフレンドの進藤琥太郎と共に、特に何もしないことを活動目的とした『ケケケ同好会』を新たな部として学校に申請するのだった……。
 本作は新人脚本家の登竜門とされている創作テレビドラマ大賞の第47回受賞作品。主人公が高校に入学してから、やがて部活動の強制入部の規則撤廃を公約に生徒会長選挙に立候補、当選して高校三年生を迎えるまでの歳月が描かれている。僅か四十五分にも満たない尺の中で歳月を流し過ぎた所為か、全体的に散漫な印象は正直覚えた。登場人物個々のキャラクター造形も希薄。主人公に共感や善意を向ける側と彼女の存在を見下し悪意を向ける側、単純すぎるその構図の所為で、物語の陰影が乏しくも感じられた。
 特に担任の女教師に対する違和感。
 琥太郎の中学時代の部活の先輩女子が、怪我による挫折で更に頑なになった自分の価値観の元、「甘えている」「逃げている」と二人を何かと侮辱したり否定するのは、まぁ若気の至りと解釈。ぎり許そう。しかし昭和からタイムスリップしてきたかのような女教師のデリカシーのない言動の数々は、「今どきこんな教師いる?……」と疑問がどうしても先立ってしまう。特に病気に対する配慮のない無神経発言。告発されたら何らかの処分を受ける筈の発言で、今時ここまで無知と底意地悪さを剥き出しにする教師って、もう通用しない気がするのだが……。
 といった塩梅。主人公の病気や価値観に理解を示す者らと徹底的に否定して悪意むき出しの連中との対比が図式化し過ぎている印象。本作はその辺が今ひとつと感じた。
 などなど批判的な感想を並べてしまったが、しかし本作、決して駄作ではない。生き辛さを抱えた側の視点から、如何にこの社会は独善的で強者の思い上がった価値観が幅を利かせているかを真摯に告発した作品として好感が持てる。新人脚本家の登竜門を潜り抜けたのも伊達ではない。素直にそう思わせるクオリティには達していた。後で調べれば本作の脚本を手掛けたのは二十七歳。その初脚本作品と知れば十分これ合格点だろう。
 これはここ数年の創作テレビドラマ大賞の傾向にも当て嵌まるが、社会に理解してもらえず苦しんできた側からの異議申し立てを孕んだ、本作のようなドラマが最近とみに増えてきた気がする。
 いい傾向だ。こういう作品が増えることで、閉塞的でこわばった社会の価値観が、どんどん解体されてゆけばいい。そして誰もが楽に生きられる世の中に更に変貌を遂げていってほしい。
 本作の脚本を手掛けた二十七歳の彼女の今後の活躍を願う。同じ方向性のテーマを扱っている『虎に翼』のレベルにいつか達してほしいものだ。
 あと余談だが主人公を演じた彼女の瑞々しい美少女っぷりには素直に心ほだされた。清原伽耶のような天性の演技力は兼ね備えていないが、決して下手ではない。十分これ合格点。そもそも、これだけ聡明で華やかなルックスを備えていれば、はや今後のスター街道は約束されたものでしょう。
 数年後には彼女が朝ドラのヒロインも演じている気がする。