温泉街で魔女の宅急便を見る夢。 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 老母を連れて電車で旅に出た。今その列車に揺られている最中。
 四人掛けの座席。窓際に僕と母が向き合って座っている。母は今、笑顔が絶えない。すっかり老け込んだここ最近では珍しく表情に生気が戻っている。既に初老となった愚息との旅行を楽しんでいるからではない。僕の隣に座っている青年に気持ちが高揚しているのだ。
 僕の隣には今、テレビでよく見かける若手俳優が座っている。名前は失念したが、間違いなく売れっ子のイケメン俳優。色白なのが特徴。実際その透き通るように白い肌は間近で見て息を呑むほど美しい。目鼻立ちも当然整っていて、繊細なその造形美は同性の僕も見惚れてしまう。老母がそのオーラを目の当たりにして気持ちが若返るのも無理はない。
 なぜ世の底辺に燻る初老と更に老いたる母の僕ら親子にイケメン色白俳優が絡んでいるのか。かなり不思議な組み合わせではある。しかし驚く勿れ、色白俳優の彼の方から僕らに声をかけてきたのだ。列車内はがらがら。他に幾らでも空席はある。にも関わらず、わざわざ「ここ空いてますか?」と僕らの席に加わってきて。と同時に、やたら積極的に話しかけてくる。その展開だけでも途惑うのに、彼がテレビでよく見る色白俳優と一目で気づいたので尚更どぎまぎしてしまう。
「お母さんたちはどこへゆくところですか?」
 色白俳優にそう問われて、そういえば僕は母を連れてどこへ向かうつもりだったのだろう……と困惑する。「どこだろう……」独り言のように呟いた後で、特に行く当てが決まっているわけではないと答える。すると色白俳優の顔が更に明るく輝いた。
「それならボクと一緒に川の上流にある温泉街に行きましょうよ!」
 屈託なくそう誘ってくれる色白俳優。なぜ有名俳優が僕ら親子にこんな風に親しげに関わってくるのか不思議でならない。あるいは素人を対象とした『どっきりカメラ』の類い。僕らの様子が今どこかで隠し撮りされているのではなかろうか?……そんな疑念もふと過ぎった。もしもそうならそれはちと困る。こんな老いたる煤けた親子がテレビに出たら、それこそ好い笑い者だ。いや、そもそも単にみっともないだけで笑いにも結びつかないだろう。
 あまりにも不審なので色白俳優のその申し出を断ろうかと思った。しかし老母はイケメン有名人からのその誘いに凄く嬉しそう。完全に乗り気だ。うだつの上がらないまま五十路も過ぎた冴えない息子と二人で旅するより、会話も巧みなイケメン俳優が道づれとして加わった方が、そりゃ母としては楽しいだろう。こんなに生き生き表情を輝かせている母を見た以上、無碍には出来ない。せっかくだからと色白俳優の誘いを受けることにした。後でもしも『どっきりカメラ』の類いと知れたら、その時は番組の責任者に放送はしないでくれと頼めば、まぁ何とかなるだろう。
 色白の若手俳優は「そうと決まれば……」と車内のカートの売り子を呼び、僕に缶ビールを母にはペットボトルのお茶をご馳走してくれる。そして色白俳優自身も缶ビールのプルタブひいて、「乾杯!」と相成った。
 その後の会話が又弾むこと弾むこと。人気芸能人のこれが特徴なのか、色白俳優は実に気さく。他者の懐に入るのも上手い。更に話題も豊富だ。芸能界の裏話なども惜しげもなく披露する。本当にこんなことまで話しちゃっていいの?……と聞いていて少し心配になるほどあけすけだ。
 こんなにチャーミングな若手俳優とも親しくなれて、これは思いがけず、実に楽しい旅になりそうだ。
 笑顔も絶えず喜んでいたら、四人掛けの座席の残っていた一つ、母の隣の席に、「わたくしも交ぜてよ」と女が突然座り込んできた。肌も露わでスケルトンなシュミーズ姿の女性だ。
 突然座り込んできたことに驚き、その姿に驚き、更に顔を見て、「あ!」と思わず声を漏らすほどダメ押しで驚いた。
 彼女も又、テレビでよく見かける女優だったのだ。
 確か年齢は僕と同い年。今でこそ脇役に下がったが、十代から三十代の長きにかけて美人女優としてドラマや映画の主演を務め続けた大スターだ。聡明な清純派。その色香は五十路を過ぎた今もなお十分残っている。僕もデビュー当時から同年代のアイドルとして憧れ、その姿をブラウン管の向こうに見惚れ続けてきた女性だ。
 そんな彼女が今、肌も透けるシュミーズ一枚の姿で目の前に座っている。シュミーズの下には他に何も下着を身につけていないのもはっきりわかる。映画や写真集でもヌード姿など一度も見せたことがないはずの女優だ。驚きと困惑が先立ち、挨拶の言葉も上手く出てこない。
「ちょっとお母さん、そんなみっともない格好でこっちに来ないでよ!」
 途惑う僕と母をよそに、色白俳優が顔をしかめ語気も荒く文句を言う。
 え、お母さん? 
 この二人って親子だったの?……
 今をときめく売れっ子俳優と、かつて一世を風靡した僕と同年代の美人女優が親子だったとは。今回ここで初めて知った。女優は息子の文句にも、「だって暑いじゃない!」と悪びれた様子もない。間近で見ればやはり年齢相応に皺や肌の衰えは隠せない。それでもなお十分色っぽい。ずっと憧れていたそんな女性が、ほぼほぼ裸の姿で目の前に座っているのだ。
 豊かな胸。脂の乗った腰回り。そして鼻筋の通った繊細な瓜実顔……老いてなお妖艶。かつ若い頃の清潔な印象も面影に残っている。
 彼女も手に持っていた缶ビールのプルタブひいて改めて乾杯となった。息子に文句を言われても気にせずシュミーズ姿のままだ。あるいは目の前の僕を異性として意識していないから羞恥心が湧かないのかもしれない。それはそれとして、やはり憧れの女性の裸を間近にすれば、これ恥ずかしくも嬉しいシチュエーションだ。
 楽しくて、おまけにどぎまぎ出来て、最高の旅となった。奢ってもらったビールも美味しい。
 やがて列車は終点の駅に到着。色白俳優が、「一緒に行きましょう!」と誘ってくれたのがここだ。今は一人、僕はその駅に降りる。
 そう。僕は今一人だ。色白イケメン俳優もシュミーズ一枚の姿の女優も、そして肝心の母もいない。
「歳を取るとおしっこが近くなっちゃって。お母さんも一緒にトイレに行きましょう」
 途中停車した駅でシュミーズ姿の女優は僕の母を誘い、連れ立って駅のトイレへ向かったのだ。
「ちょっとお母さん、お願いだからそんな格好で外を彷徨かないでよ!」
 色白俳優は慌てた様子で二人の後を追い、これも又、駅に降りてしまった。停車時間の長い駅だったので小用を済ます時間は十分あった。トイレを済ましてすぐ戻ってくるだろうと高を括っていたら、しかし三人とも一向に戻ってこない。結局誰も戻ることなく、やがて列車の扉は閉まり走り出してしまったのだ。そう、僕だけを乗せて……。
 まぁ色白俳優もシュミーズ姿の女優も、そのまま放り捨てれば有名人としてのイメージも悪くなる。それなりの責任を持ってうちの母の面倒は見てくれているだろう。三人で後続の列車に乗り、今頃ここに向かっているはずだ。
 若干の不安を自分にそう言い聞かせて納得させて、先に一人で温泉地を観光することにした。
 改札口を出るとロータリーを挟んで直ぐ向かえに観光案内所がある。その案内所の入り口脇に箒が何本も立て掛けてあった。近づいてよく見ると、「ホウキ🧹、無料レンタルします!」と看板も立て掛けられている。
 なぜ箒なんかレンタルする?……と疑問に思う間もなく合点が入った。見れば湯けむりに霞む景色のなかを、あちらこちら箒に跨った観光客が移動しているのだ。そう言えば色白俳優が電車内で、「あそこの温泉の湯けむりには箒を宙に浮かす成分が入っていて、観光客は魔法使い気分を味わいながら移動が出来るんですよ」と語っていたのを思い出す。その時は何を言ってるのか今一つピンと来なかったが、実際に見れば至極納得。成程。これのことだったか……と。
 あるいはコスプレか、それとも偶然似通っただけなのか、黒服のワンピースを着て頭に赤いリボン結んだ、まるで魔女の宅急便のキキみたいな少女が、目の前スーと箒に跨り横切ってゆく。可愛いなぁ……と心ほだされる。そして気持ちよさそうだなぁ……と。
 せっかくだから僕もレンタルして試しに乗ってみようかしらん。しかし空飛ぶ箒など当たり前だが今までに乗った経験はない。この歳になって初体験の乗り物を上手く操る自信もない。しばし躊躇の末、やはり止めよう、怪我をしたら元も子もない……と諦めた。
 そして徒歩で始める観光。それでも十分楽しい。上流の勢いある川の流れが非常に澄んでいて綺麗だ。青葉も目に眩しい。美しく豊かな自然に囲まれて、まさに自然に心が洗われる。
 来てよかった。母もこの自然の中で温泉に浸かってしばらく過ごせば、きっと元気を取り戻してくれるだろう。祈るような気持ちでそう思う。
 という夢を見た。