映画『ジャンパー』 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 伝説のブルース系ギタリスト。その実、単に無邪気な子供のまま大人になった夢見るジャンキー。そう、あの山口冨士夫もティアドロップス時代に、瞬間移動出来たらいいな!……って楽しげに歌っていて、僕も今も折に触れてそのフレーズを口ずさんだりする。願望まじりにだ。
 何れにせよ中学生男子なら、いや、これに関しては特に中学男子に限らず、老若男女、多かれ少なかれ時には夢想に耽るのではなかろうか?
 実際、出来たらいいよね瞬間移動は。
 厨二病的そんな願望そのままを作品化したのが本作。タイトルのジャンパーを冬着のそれと最初イメージしたが、実際は瞬間移動の能力者を指す用語。
 十五歳の時に命の危機に見舞われたことが元でジャンパーとしての能力に覚醒した主人公デヴィッド。五歳の時に母親が謎の失踪を遂げて以来、酒に溺れがちな父親との二人暮らし。いい加減その日常に嫌気がさしていたデヴィッドはジャンパーに覚醒直後、家を飛び出した。文字通り能力で飛び出した。
 以来八年。能力を自在に操り自由気ままな生活を満喫していたデヴィッド。その暮らしはまさに、瞬間移動出来たらいいな!……で夢想する生活そのものだ。折に触れては銀行の貸金庫に潜入。容易にせしめることが出来る大金で世界をあてどなく放浪する日々を謳歌している。勿論その移動手段に飛行機など必要としない。ロンドンのパプで女を口説いた直後にローマに現れて漫遊。その後ハワイのワイキキビーチでサーフィンを楽しみ、サーフボードを傍らにエジプトのスフィンクス像の頭の上で裸で日光浴をする。それを一日でわけなく実行出来てしまう。そんな日々であり放浪だ。僕が瞬間移動の能力を手に入れたという設定で耽る夢想の基本ラインもこれだろう。今の僕ならそこに、ある日突然能力を失ってしまう可能性も考慮に入れて、米国株に三億円ばかり投資しておくという中途半端に現実的なことも組み込んでしまうだろうが。その辺ちっちゃい。我ながらそう思う。どうせ叶うはずもない夢想。それなら夢にとことん溺れていれば良いものを。夢想にさえ貧乏根性が侵蝕されてしまうのだ。
 つくづく我ながら侘しいものだ。
 何れにせよ本作の序盤で紹介されるジャンパーの優雅な日常は、瞬間移動の夢想で大方が浸る平均値そのものだろう。しかしデヴィッドのそんな生活が特に変化もなく最後まで続くだけなら、それは単なるベタな妄想の垂れ流しとなってしまう。そこに行く先々で出逢う人たちの人間模様を紹介するオムニバス形式ドラマを紡ぐのも案外これ一興かも知れない。しかし少なくともエンターテイメント系としては成立しないだろう。
 という次第で主人公デヴィッドの優雅な能力者の日々は序盤早々に終わりを告げる。
 やがてジャンパー殲滅を目的とした特殊組織パラディンの魔の手がデヴィッドにも迫ることになるのだ。
「瞬間移動の能力を持って良いのは神のみである」
 その信念の元、パラディンは中世の頃からジャンパー狩りに暗躍する組織。その執念は徹底。ジャンパー本人は疎か、その周囲の家族や友人も容赦なく殺戮する組織だ。ついにその存在をパラディンに突き止められてしまったデヴィッドは自らを、更にはずっと思いを寄せていた幼馴染みのミリーを守るため、追いつ追われつパラディンとの死闘を繰り返すことになる。
 と掻い摘んでストーリーを説明するとそんな塩梅。率直に言って、純粋な出来は今一つ。誰もが一度は夢想するはずの、せっかくの題材を上手く活かし切れていない。ドラえもんのどこでもドアの方が遥かにときめき度が高い。
 まず瞬間移動の楽しさが全然伝わってこない。
 勿論CG特撮を駆使してそれなりの演出は施されている。しかし観ていてそれがちっとも高揚感に結びつかない。能力を手に入れて得た自由な日々とは所詮この程度か……と寧ろ興醒めな気分が先立ってしまう。デビットがその日々を楽しんでいるようには全く見えないのだ。それなら逆に、能力者ゆえの孤独や苦悩といった人物造形の掘り下げが成されているかというとそうでもない。デヴィッドの母親が実はパラディンに所属する女。息子が五歳の頃その能力に気づいた。それが理由で失踪。という後に明かされるエピソードも、あまり上手くストーリーに絡んでいなかった。端的に、大味でメリハリの無い、ありがちなアクション映画という感想しか抱けなかった。幾ら死闘の最中で仕方なくとはいえ、実社会に甚大な被害をもたらす派手な瞬間移動をあれだけ繰り返していれば、世界中に監視カメラが設置された現代、流石に能力者の存在を秘匿し続けるのは無理があるだろう。そういう配慮に欠けるところも、瞬間移動を世間から隠された甘やかな夢と感じたい身には興醒めマイナスポイント。アクションが悪い意味で派手すぎて、瞬間移動にロマンチシズムが感じられないのだ。
 完全無欠の駄作では無い。見どころは要所々々いろいろあった。しかし最近観た映画の中ではかなりクオリティ低め。その感想は否めない。
 最も久しぶりに瞬間移動の夢想に改めて浸らせてくれたので、それで良しとするか。
 ちなみに僕の夢想は瞬間移動だけでは物足りない。タイムトラベラー、自由に透明人間にもなれて、更に他者の心を意のままに操れる催眠術能力も備えた、まさに神の如き存在として往々夢想に耽る。そして更に打ち明ければ、その夢想は五十路を過ぎた今なお淫夢に傾きがちになる。
 幾つになってもどうしようもない魂はどうしようもない。治療法もない不治の病だ。
 そう、白日夢より我に返って繰り返し至るそれが結論。