映画『約束のネバーランド』 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 本作も又、人気漫画の実写化作品。
 なにぶん世情に疎くなっているので今回その存在を初めて知ったが、原作漫画は週刊少年ジャンプに2016年〜2020年まで連載。ジャンプらしくない内容が逆に評判を呼んだという。かなり人気ある漫画らしい。
 しかし週刊少年ジャンプに関してはONE PIECE目当てで今なおコンビニでの立ち読みを繰り返している。本作の原作漫画が連載されていた2016年〜2020年も当然ジャンプは手にとっている。それなのに内容は疎か題名すらも今回初めて知ったのは我ながらどういうこと? 鬼滅の刃もジャンプに連載されていたのにスルーしていた。こういう事実を突きつけられるとつくづく、我ながら根気がなくなったと思い知らされる。若い頃は例えONE PIECE目当てでも、ついでに他の漫画もチェックしていたものだ。それは他の漫画誌でも同じこと。そこから更に「これは!」というものを見つけて、好きの幅を広げてゆくことが出来ていた。残念ながら今はもうそこまで気持ちが向かなくなっているのだ。
 老いたな。そう実感せざるを得ない。
 思わず老いの感慨に耽ってしまった。本題に戻ろう。
 今回は実写化の本作のみの感想となるが、まず苦になったところを一つ。登場人物のやり取りや会話に芝居がかった臭みが勝ち過ぎて、観ていて妙に気恥ずかしい。恐らくダーク・ファンタジーの雰囲気を醸し出すため敢えての演出なのだろう。その意図に関しては、正直、空回りしている感を覚えた。舞台劇、しかも学芸界レベルのそれに興醒め。本作で主要キャストを演じている俳優さん等は、他の映画やドラマでは決して下手ではない。やはりこれに関しては本作の演出の失敗なのだろう。
 しかし他は良い。閉塞的環境を上手く表現した風景や美術も良いが、何が良いってストーリーそのもの。このストーリーテリングの良さはジャンプらしくないのが寧ろ好意的に評価された原作の力が大きいのだろう。ディテールも細やかに異世界が作り込まれていて、そのなかで起承転結がしっかり立った物語が構築されている。伏線や駆け引きなどの見せ場も多く飽きさせない。
 子供たちに愛情たっぷり接して「ママ」と慕われているシスターが運営する孤児院。親を知らない子供たちばかり集められているが、豊かな自然にも恵まれて、独特の教育スタイルで知性教養も育まれ、子供たちは皆、幸せに毎日を過ごしている。院内の仲間意識、家族のような絆も強く、孤児院にも関わらず、そこは子供たちの理想郷めく場所。しかし子供たちは六歳から十六歳までに里親に出されて、いつしか院を出てゆくことになる。その後の消息は不明。「手紙を書くね」と出ていった子供たち。しかし誰ひとり、実際に手紙が送られてきた試しがない。きっと里親との暮らしが幸せ過ぎて院内の日々を皆すぐ忘れてしまうのだろう。残された子供たちは幾分さみしさを覚えつつ、しかし皆が幸せに暮らしているならば……と明るく笑って日々を過ごしている。やがて訪れるだろう自分のその日を待ちながら……。
 しかし里親に出されたはずの子供たちの、実際に辿ったその運命は……。
 実はその孤児院は家畜小屋。子供たちは鬼に提供する人肉となるため、そこで飼育されている家畜に過ぎなかったのだ。
 その真相を知った子供たちが皆で孤児院を脱獄するまでが描かれた本作。原作の漫画は脱獄以降にも新たな物語が続いてゆくみたいたが、この脱獄劇だけで起承転結の立った完結した物語として十分成立している。少なくともストーリーテリングに関しては未完の物語を中途半端に見せられた物足りなさは覚えなかった。用意周到に計画されたはずの子供たちの脱獄計画。しかし切れ者のシスター「ママ」はそれを容易に見抜いてしまい……。
 騙し騙されの駆け引きも見事。鬼は人間の脳みそを食べることで知性を宿す。従って頭の良い子供の肉はより重宝される。その設定を組み込むことで、人肉として提供される運命の子供たちが、なぜその日まで人並み以上の教育を与えてもらい幸せに暮らせるかも腑に落ちる。世界観もしっかり構築された異世界ダーク・ファンタジーを十分堪能させてもらった。
 完結した作品として大満足。その上で、孤児院の外で物語がどう転がってゆくのか、機会があれば原作漫画も読んでみたい。そう思わせる力も備えていた。
 調べてみれば原作漫画は全二十巻。それくらいなら読み通せそうだ。鬼滅の刃もそうだったが、最近は人気が出たからといって無理やりストーリーを引き伸ばすことはせず、終わらせるところできちんと終わらせる。方向性をジャンプも切り替えたみたいだ。
 もしもそうなら良い傾向。きちんと終わらせるべきところで終わらせておけば傑作となっていたはずの作品が最後ぐだぐだ。ジャンプに関してはそれが実に惜しく感じられる作品が多かったからだ。
 あと一つ。成長して臓器提供者となることを目的に施設で育てられる試験管ベイビーたちの日常が描かれたカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』。その読了後に本作を観たので、その偶然の酷似性が対比させる形で興味深かった。カズオ・イシグロの試験管ベイビーたちは自分たちの運命に割り切れなさを覚えつつ、基本、静かな諦念と共に運命を受け入れている佇まいが印象深かった。しかし本作の子供たちは家畜の運命に抗い拒否する。どちらが良い悪いではなく、この辺が文芸作品とジャンプの世界観の違いだと微笑ましくも納得させられた。
 しかしカズオ・イシグロ『わたしを離さないで』と本作が、ほぼ同時期の作品であることを思うにつけ、優れたクリエイターの想像力は世界同時進行。奇しくも似た方向性を目指すと改めて実感させられた。