全三巻ある新潮文庫O・ヘンリ短編集。今回はその二巻に当たる本書を読了。
正直その文章は短編作家にしては冗長で悪い意味で凝り過ぎた箇所も多々あり、読みづらさは覚える。しかしそれさえ我慢して慣れてしまえば相変わらず読み応えは十分だ。貧しくとも労わりあう若い夫婦のいじらしさがクリスマスの物語として有名な『賢者の贈りもの』を冒頭にバラエティに富んだ全十五篇を楽しませてもらった。
今回はその中でも一番構成が凝っていた気がする『運命の道』を紹介。全十五篇を締めくくる最後に収録された作品だ。
牧羊を生業とする裕福な家の息子ダヴィッドを主人公とする本作。内容は完全にパラレルワールド物。もしもあの時あの道を選んでいたらどうなっていただろうというのを三通りにシュミレーションした物語だ。
詩人としての成功を夢見るダヴィッドは父親が営む牧羊を手伝う、いわゆる羊飼いの日々に物足りなさを覚えている。寧ろ家業を手伝う日々を恥じている向きも覚える。そんなダヴィッドは恋人と喧嘩したある夜、村を当てどなく流離う。やがてダヴィッドはその彷徨の末に二手に分かれた道の前に辿り着く。いずれの道を選んでもその先に詩人としての道が開けている気がするダヴィッドは、もう可能性のない村には戻らないと何れかの道を目指そうとするのだが……。
本作はパラレルワールド物として、その後にダヴィッドに待つ三通りの未来を描き分ける。まずは二股に分かれたいずれかの道を選ぶ未来。しかしその先にあるのはいずれも詩人気取りの心で魅力的な女に夢見たがゆえの呆気ない死。それなら己れを省みて元来た道を戻り、再び羊飼いとしての分を生きれば栄光とは無縁ながらも平穏に天寿をまっとう出来たのだろうか?……。
ここには才には恵まれていないが詩を通して世界に夢を見た多感な青年の三通りの明日の悲劇が描かれている。いずれにせよ若き死が待つ未来。只その死に方が二股の何れを選べど殺される末路。それも悲劇だが考えようによっては己れは詩人であるという矜持を維持したまま尊厳と共に訪れた死だ。ある意味それは幸福な死とも受け取れる。しかし己れを省みて道を引き返すその先に待つのは自死。そう、元来た道を戻り一旦は分相応を目指して恋人とも和解。その後結婚して、直後に亡くなった父の後を継ぎ牧羊の仕事にしばらくは精を出す。しかし根っからの詩作の衝動に遂に抗いきれず、やがて家業を疎かにして詩作に没頭する日々を送るようになる。その挙げ句、己れには詩人としての才が微塵も無いことを身に沁みて悟り、絶望の果てに自らのこめかみを銃で撃つのだ。
己れの生きる日々を言葉で美しく様変えたいと願った文芸青年ダヴィッド。才もないのに夢を見た青年の未来は何れも悲劇に染められる。しかし三通りの悲劇の中で一番哀感が募るのは当然最後の悲劇だ。
ここには才はないのに文芸の魔力から死ぬまで逃れられなかった名もなき文学青年のあまた憐れが集約されている。この集約された憐れさのなかにあるいは僕の心情も収まってしまうのかもしれない。まだSFというジャンルが登場する遥か以前にパラレルワールドのアイデアを物したO・ヘンリの手腕に感心すると共に、その切ない余韻も含めて忘れ難き一編となりそうだ。