映画『サブウェイ123 激突』 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 監督はトニー・スコットによる2009年公開の本作。観終えたあと調べてみれば同じ原作で既に二回映画化されていて、今回これが三回目。原作も読んでいないし、その他の映画化作品も記憶が確かならば観ていないので、比較はできないが、パニック映画として単体で十分見応えがある。乗客を人質にニューヨークの地下鉄をハイジャックした四人組の一味。そのリーダー格ライダーと、収賄疑惑で降格させられて、運行司令室に配属されたばかりのガーバー。基本その二人の無線を通じた駆け引きを中心に展開してゆく。全体的にアクション少なめ。考えようによっては地味にならざるを得ないストーリーを、細かいカット割とスピード感いや増す伴奏を駆使して、ぐいぐい惹きつけてゆく。その力量は流石トニー・スコット。少ない情報量を何倍もの密度に誤魔化して提示する手腕が見事なのだ。更にはジョン・トラボルタ演じるライダーとデンゼル・ワシントン演じるガーバーの会話を通じた心理的駆け引きも緊迫感が途切れない。他者を見下し侮辱し慣れたライダー。その言葉責めは、相手の負い目や劣等感、弱みを、憎々しげに確実に突いて来る。感情を昂らせながらも、いや、昂れば昂るほど、ますます舌鋒鋭く相手を動揺させ、心理的に追い詰めてゆく激しさを、だけど確かにこんな奴いるよな……というリアリティを醸し出してジョン・トラボルタが好演。元々は羽振り良い投資会社の社長だったライダーの、すっかり落ちぶれても捨てきれない自尊心と過去の栄光への執着。その鬱屈がダイレクトに伝わって来て、痛々しくもやけに印象に残る。片やそれを受けて、相手を刺激しないよう、何とか冷静を保とうとする静の演技を、こちらは流石デンゼル・ワシントンが燻し銀の存在感で演じきっている。構成と演出、更には俳優のポテンシャルも上手く噛み合った、かなりクオリティの高いパニック映画。インターネットを現代のアイテムとして上手く物語に組み込んでいるのは勿論。地下鉄ハイジャックの影響で株価が下がると同時に金の価格が暴騰する、プロの投資家であったライダーの目的は身代金より、寧ろこちらという設定は時代に合わせた新鮮さを感じた。
 本作のクライマックス。犯人グループが密かに降りて、運転手が不在となった列車が暴走するシーンにやけに既視感あると思ったら、何のことはない、同じ監督の『アンストッパブル』だ。後で調べてみたら、本作の次の作品が『アンストッパブル』で、ここで使われたアイデアが良い形で次作に応用されている印象。本作も、そして監督の遺作となってしまう『アンストッパブル』も、いずれも内容は素晴らしく、自殺理由は仕事の煮詰まりではない筈だ。自死という形は残念であったが、兄のリドリー・スコットに負けず劣らず、監督としてのキャリアは死の間際まで充実していて、映画人としては、そういう意味では申し分のない生涯だったろう。
 蛇足ながら、いつでも撃てる準備をしつつ、地下鉄構内で伏せて待機していたスナイパーが、ズボンの裾から入り込んだドブネズミに足を噛まれて、ショックで咄嗟に引き金を引いてしまう件りは、「あちゃー!」と思わず声を漏らしてしまった。それで犯人グループの一人、元地下鉄運転手が射殺されて、以前は運転手もしていたガーバーが、代わりの運転手として引きずり出される展開になるが、無理なく、それでいてインパクトは強く与える形でストーリーを繋げてゆく、そのフックの仕込み方にも本作は感心させられた。