僕らの夢は夜ひらく。 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 学校の部室に忍び込んで女子高生の制服を盗んでいた芸人って、もっと若手かと思っていた。
 しかし調べれば僕と同い年だ。
 こうなると我が身と照らせ合わせて余計に切なさが募る。既にゼロに近いほど著しく性欲は減退している年齢。恐らくこれは僕だけの話ではなく、多かれ少なかれ同年代は似たような衰えを感じ始めているだろう。
 しかしそれでも性癖という呪縛からは逃れ難いのか……と。
 最近つくづく思うのだけれど、性欲の減退がイコール性癖からの解放へ必ずしも結びつく訳ではなく、衰えれば衰えるほど寧ろ己れのコアな性癖への執着が強くなる事って、ままあるみたいだ……
 いや、この辺に関しては特に資料やデータを元に考察している訳ではなく、単に自分の最近の性事情を省みているに過ぎないけどね。
 という次第で、今回の芸人のように犯罪と結びつく形でしか己れの性欲を満たせぬ業の持ち主には、「困ったものだ……」という思いとは裏腹に、何処かで同情を寄せてしまう自分を禁じ得ない。打ち明ける事も憚られるので具体的内容は控えるが、僕も又、どう考えてもまともではない性癖の持ち主である事を自覚しているからだ。リアルの誰にも知られていないこの場所になら、こっそり打ち明けても構わないんじゃね? 誰と交流がある訳でもない場所だし……と一瞬思ったが、それでも赤裸々に打ち明けるのは躊躇われる、そういうディープな次元の性癖だ。
 不幸中の幸い、というべきか、僕の場合そういうディープな性癖を妄想の範囲内、或は精々AVを利用して処理できているので、今の処なんとか社会的体面は保てている。吹けば飛ぶような体面に過ぎないけれど、それでも性癖が元で警察の厄介になった事は一度もない。
 しかしこの辺に関しては本当に紙一重で、性癖を拗らせた挙げ句、自分が警察へのご厄介を繰り返す変態人生を歩んでいても、さほど不思議ではなかったな……と思う事しばしばだ。
 一流企業のエリート社員とか、今回のようにそこそこ売れている芸人さんとか、こういう社会的勝ち組が性癖を拗らせた犯罪で警察に逮捕されると、「え、何であんな人が?」とか、「勿体ない」という意見が当たり前のように世間を飛び交うけれど、性癖をもて余す人生を送って来た僕から言わせれば、「それが性癖だから」と答えるしかない。実際こういう事件を受けて、躊躇なく、「何であんな人が?」とか、「勿体ない」という意見を口に出来る人は、本当に心の闇とは無縁の人生を歩んで来られたのだろう。しかしそういう人生って、考えようによっては薄っぺらくて、些か退屈な気もするけどね。
 今回制服泥棒で捕まった芸人さんの犯行って、昨日きょう始まった訳ではなく、二十年前から繰り返されて来たそうだ。
 二十年。……長い歳月だ。
 その二十年の間、恐らくその芸人さんも心底から犯行を楽しんでいた訳ではなく、心の何処かで、「もう止めなきゃ」「いつか捕まるぞ」という焦燥と不安は抱き続けて来たと思う。苦労して芸人としてのキャリアを確立した後ならば尚更だ。
 それでも止める事が出来ず繰り返された犯行。拭い難く身に染みついた性癖とは、つまり、そういう事なのだ。どんなに光の世界で自分の居場所を確立したとて、その光で己れの抱える闇を駆逐する事など到底出来ない。なぜって闇に生きるもう一人の自分あればこそ、なんとか光の世界で生きる自分の均衡も保てている……人も羨む生活をしている人達の中にも、少なからずそういうタイプは存在するのだと思う。そして今回逮捕された芸人さんも又、凡そ二十年に渡って光と闇の危ういシーソーゲームを繰り返しながら生きて来たのだろう。
 考えようによっては、それは随分密度濃く、深い人生だと思う。
 だから僕も今さら自分の性癖を切り捨てようとは思わない。そもそも僕は後生大事に守らねばならぬ光の世界を持ち合わせている訳でもないからね。
 そう、光には理解できない、闇ゆえの愛しさもある。僕ら変態の夢は夜に開かせればそれでいい。