だけど本当にクリスマス・アルバムはどれもこれも甲乙つけ難く良い。フランク・シナトラはフランク・シナトラの時代の、エルビス・プレスリーはロックンロールの時代の、それぞれの時代を象徴するアレンジに乗せてその時代を代表する歌手が夢のスタンダードを歌う。そこに濃縮されたポップスの良質な真理が宿るのだと思う。
敢えて一枚あげるとすればやっぱり僕もこれを選ぶかな、
「A Christmas Gift For You From Phil Spector」
https://youtu.be/gY1MAsk-eAA?list=PLzvFf9lFuV-fdtni_6bi4bq5hSDvSNiMU
ピーター・バラカンも以前このアルバムに関して熱く語っていたのを記憶しているけれど、実際このフィル・スペクターのアルバムをクリスマス・アルバムの最高峰に上げる意見は他にもよく耳目する。「クリスマスの季節だけじゃなく春にも夏にも聴きたくなる最高のサウンド」といった風にね。で、以前から機会があれば聴いてみたいと兼々思っていたのだけれど、ようやくその音に触れてみればこれが実に最高だ。フィル・スペクターに関しては彼がプロデュースを手掛けた楽曲ばかり纏めたアンソロジーCDを一枚もっていて、結構これが愛聴盤だったりするのだけれど、そこで聴ける楽曲よりこのクリスマス・アルバムの方が更にフィル・スペクターのサウンドが上手く馴染んで弾けている印象を受ける。本人も大満足な仕上がりだったのではなかろうか。この音が最高なのだというフィル・スペクターの確信が夢のスタンダードと融合して力強く鳴り響いているのだ。
しかしそれ故にこの最高の一枚に一抹の哀感を覚えざるを得ない。今回この記事を書くにあたりウィキペディアでチェックしてみたのだけれど、現在フィル・スペクターはカリフォルニア州立刑務所の薬物中毒治療施設に収監されているそうだ。2009年に禁固19年の判決が言い渡されているそうだから、年齢的に考えて生きて娑婆へ出る機会はもうないだろう。一時代を築き、後のプロデュースワークにも多大な影響を与えた才人の末路としてはあまりにも哀しいものがあるけれど、自宅でフィルが女優を射殺した事件が報じられた時、「え、あんな人が?」という驚きより、寧ろ、「あいつならいつかやらかすだろうと思っていた」という意見の方が圧倒的に多かったのだから救われない。実際にフィル・スペクターに関わったことがある人間になればなる程、そういう蔑むような意見に傾いていたのだから、どれだけフィルが周囲から憎まれ疎んじられていたかが窺われるというものだ。人とまともに関われぬ性格だったから偏執的なまでに音の細部に拘ったのか、音楽にのめり込むあまり気づけば人の気持ちを感じ取る事が出来ない化け物へと変貌を遂げてしまったのか、いずれにせよ、これだけ高揚感に満ちて美しい世界が人間としての温もりや優しさを失った心が紡ぎだしているのかと思うと、そこにポップミュージックの切なさを感傷混じりに思わずにはいられない(日本だと小山田圭吾か。その人となりや逸話の数々を知るにつけ、反吐が出そうな人間性だと思うのだけれど、それでも彼の生み出す音楽のピュアな美しさは認めざるを得ないというね)。
しかし考えてみればフィル・スペクターに限らず、クリスマス・アルバムを世に遺した人たちって、フランク・シナトラもエルビス・プレスリーもカレン・カーペンターも、ショービジネスの世界の光と影を体現したような人たちばかりだよな。勿論マイケル・ジャクソンもね。