この頃つくづく思う、やっぱり眠っている時が一番幸せだ……と。
世を拗ねた諧謔のつもりではなく、心底から、「眠るは極楽……」と感じてしまうのだ。
精神的には不安定で、絶えず漠然とした不安感に捕らわれた息苦しい日々を過ごしているけれど、取りあえず、今はまだ眠る事は出来る。それだけでも救われる。
重度の鬱を患っている男性が、手記にこんな事を書いていたのを思い出す、
「睡眠薬や酒の力を借りて、眠れる内はまだいい。本当の地獄は、どれだけ眠剤と酒の量を増やしても一向に眠れなくなった時から始まる……」と。
この気鬱の日々がこの先もずっと続くとしても、それは致し方ない。十五歳の頃に重度の鬱を患って以来この方、考えてみればずっとこんな調子。少しは気が晴れる時期を過ごせたとて、所詮すぐに元の木阿弥。馴染んだ灰色の情景へ、また連れ戻されちまう。要するに、ここ最近の精神状態が取り分け今に始まった深刻な状態、というわけでもないのだ。それならば、この気鬱は死ぬまで付き合ってゆかねばならぬ宿痾と諦めもしよう。
だけど眠りだけは、せめて、僕から眠りだけは奪わないでくれ……と心から願わずにはいられない。
若い頃には貴重な時間を睡眠に削られる事に苛立っていた。自分は他人と比べて睡眠時間が長過ぎるのではなかろうか?……と苦に病んで、どうしたら睡眠時間をもっと減らせるか、あれこれ思い悩んでいた時期もあった。
だけど、今はもういい。もう無理に睡眠時間を削りたいとは微塵も思わない。貴重な時間? その時間を覚醒に当てて、僕に何が出来た? 今までに何が成し遂げられた?……
だったら惰眠を貪っていた方がまだましだ。少なくとも眠っている間は、あれこれ思い悩んだり、漠然とした不安感や息苦しさから解放される、そう、眠っているその束の間だけはね。
眠っている最中、ふと意識が覚めかける時がある。しかし完全に覚醒には至らぬあの状態。……吉本隆明はこういう状態の事を「半眠半醒」と呼んでいた。僕は恐らく、この半眠半醒の状態に意識を流離わせている時間が最も満ち足りているのだ。そして半眠半醒の状態から再び意識が落ちてゆく時の、あの得も言われぬ心地よさ……
死後の世界が、こうゆう状態を意識がたゆたう場所として存在していてくれたら、どれだけ魅惑に満ちている事だろう……と半眠半醒の世界で魑魅魍魎と戯れている最中、ふと、そんな思いに捕らわれる事がある。そうして意識が落ちて、やがて新たなる光に誘われて覚醒したその時、僕は産声と共に母なる女性の胎内から産み出された新たなる命に魂を宿らせて転生しているのだ。
死後の世界と輪廻転生が、そういう仕組みのものとして存在してくれていたならば……と思う。そうして眠りの世界とは、魂の故郷、つまり死後の世界へ、心が一時的に帰省している状態であれよと願う。