一二三神示 鎮守会

2024(6)2/22

第27巻1帖~帖

280号

 

ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 (昭和27年旧1月1日(新 1月27日)~2月15日)(全60帖)

 

第一帖(六五八)

新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひぬ。皆々御苦労ながら、グルグル廻って始めからぢゃと申してあ らうが。始の始と始が違ふぞ。皆始めヒからぢゃ。赤児になりて出直せよ。ハラで見、ハラできき、ハラで話せよ。ハラには間違ひないのぢゃ。祈りばかりでは祈り地獄、神から光いただけるように(みち)つけねばならん。水は低きに流れるぞ。喜びに叶ふ心、喜びの行あるところ喜び来るのぢゃ。喜びにも正しきと曲れるとあるぞ。無限段階あ るのぢゃ。心して迷はんように致しくれよ。此処は光の理伝へ、行ふ所、教でないと申してあ ろう。教は教に過ぎん。理でなくては、今度はならんのぢゃ。天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぐぞ。教は局部的、時、所で違ふのぢゃ。迷信となるぞ。ハラが神であるぞ。

 

第二帖(六五九)

カミヒトと申すのは、神の弥栄のため、世の弥栄のため祈り、実践する人のことであるぞ。神のため祈れば神となり、世のため祈れば世と一体となるのぢゃ。自分のためばかりで祈れば迷信、われよしの下の下ぞ。誰でも霊かかりであるぞ。石でも木でも土でも霊かかりぞ。これは一般かみかかりであるぞ、特別神かかりは神の御力を強く深く集める行がいるのぢゃ。九分通りしくじるのぢゃ。太陽の光集めること知っているであらうが。神の理をよりよく、より高く集める理がマコトの信仰であるぞ。理であるぞ。世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。悪かみかかりに迷ふでないぞ。サニワせよ。外はウソが多いぞ。内の声ウソないぞ。旧、元旦、日月神。

 

 

解説

・・・新しき御代の始めのタツの年・・・

 

・・・始の始と始が違ふぞ。皆始めヒからぢゃ・・・

※始め日・・・とは元旦

 

・・・祈りばかりでは祈り地獄、神から光いただけるように理つけねばならん・・・

 

・・・教は教に過ぎん。理でなくては、今度はならんのぢゃ・・・

 

・・・神の理をよりよく、より高く集める理がマコトの信仰であるぞ・・・