こんにちは
今日は父の思い出を
サウスカロライナに住むぐでままです
ハンガリー→インド→アメリカと三カ国目の海外駐在中です
私の好きな言葉
一期一会
今日は父の思い出を
父は昭和一桁の人で、10人兄弟の長男。
祖父が仕事をしてなかった為、父が働いて兄弟を学校に通わせていた。
なのでびっくりする程のボンビーだった。
ぐでままの実家は田舎の山の中で育った。
幼少期はボンビーなので洋服なんて買ってもらえず、いつもいとこや親戚のお下がりばかり。
父は観光業だった為、土日は仕事で
しかも車の免許も無かったので
家族で旅行に行った事はない。
唯一、父の社員旅行があってサファリパークに便乗させてもらった事を何となく覚えている。
確か3歳くらいだったかな?
父と二人で出かけて本当に嬉しかったんだと思う。
そんな父はお酒好きで、普段は大人しく言いたい事が言えない人だった様で、酔うと巨人の星の様にちゃぶ台返しや皿やコップが飛んで来たり
大人になってから聞いた話だが、鎌を持って母を追いかけたと聞いた時には流石にドン引きした
そんな父が学生時代は大嫌いで
離婚すれば良いのにってずっと思ってた。
高校卒業後、やっと実家から出る事になった時は嬉しくて嬉しくて
父はいつも酒乱だった訳ではない。
大人になってから分かったが
母にも原因があったのだと思う。
飲んでない時の父は子煩悩で、ボンビーなのに親戚や近所の人が来るとこれでもか!って程振舞ってた。
自分の利益より人様につくす父。
皆んなが嫌がる村の役員もずっと努めていた。
父は幼少期の事故で片耳が聞こえなくて、人とのコミュニケーションに苦労した様である。
よく「耳が聞こえないのと、目が見えないのはどっちが良いだろうか?」と他人に質問しては困らせていた。
そんな父が食道がんになった時は本当にショックだった。
結局父に病名は知らせないまま。(多分知ってたと思うけど)
治療法も勝手に私(姉妹)で決めちゃって。
治療しなければもっと延命できたのかもしれない。
父が亡くなって今年で17年になるが
今でも心残りです
何が正解だったのか。
もし父と話ができるのなら、聞いてみたい。
大好きな父の思い出を読んで下さってありがとう
