拙い文章になるかもしれませんが、
今日も頑張って書きますので、よろしくお願いします。
戦後の経済発展はなんだかんだ言ってとても素晴らしかった。
経済発展自体の功罪が問われ、
その捉え方も世代間格差がありさまざまですが、
概ね総合的な判断としては「それでよかった」のではないでしょうか。
そもそも経済発展自体は2度の世界大戦後に国際社会が
発展の目標として設定した各国共通のテーマでした。
日本自体もそういう「経済発展」という結果が出せれば
労働そのもののしんどさ自体が賄われていたでしょう。
日本経済は発展するという神話はいつ頃からか
そうして育まれていったのでしょう。
その結果として今の社会の状況がある。
これは事実です。
なので出来る限り肯定しよう。
実際に経済の発展は打ち止め状態になり
「これ以上」は日本独力での達成はできない。
その事実をものすごく単純に言うと
「アメリカが勝てば日本も勝てる」
そんな状況かもしれません。
はっきり言ってずっとそんなものだったのではないでしょうか。
アメリカの発展についていった歴史が
そのまま戦後の日本の経済成長という歴史だった。
説明は省略しますがアメリカでできたことを
日本で全国展開できれば立派な「時代を代表する成功者」です。
国を代表する経営者の中にもそういう人ってたくさんいますよね。
アメリカは超大国であり経済発展の基準を作っている。
そうやって国際社会の産業の発展はこれからも続いていくでしょう。
そうやって上手に連動していけばその上で
日本は日本として成り立たせられるように変わっていくのではないでしょうか。
色々と自尊感情は傷つけられてしまう場面がこの生活には多いですね。
そもそも日本でも戦中戦後の世代は一番上に立って
社会を運営していく世代になった時に、
自分たちが育ってきた日本の社会システムの根幹だった
終身雇用と年功序列それに年金の制度といったものが大きく揺らぎ、
その後にそういう安定性を保てなくなっていた。
こういう世代全体の敗北というのは
その次の戦後世代にも引き継がれてしまいました。
つまり教育勅語、平和憲法、勤労・納税・教育の義務という中流の安定など、
自分たちが育ってきた国の秩序が実は全体で遵守されていなかった。
戦後の日本において社会全体の成熟というのは概ね成り立っていかなかった。
そういう認知も現在では大分進み、
事実上結果は確定的になりました。
あとはその捉え方つまり意義や意味合いがその後の日本の展開によって
悪くないものになっていけばいいという期待が残るのみ。
今の日本の一般庶民の多くの人には
そういう深い悲しみが多かれ少なかれ誰しもに必ずあると思います。
この状況はなんらかの形でこのまま必ず更新されていきます。
希望を孕んでいる展開であるとともに
疲れ傷ついてしまう未来が容易に想像されます。
そういう共通の前提に立った時に必要になってくるのは
そういう悲しみや傷ついた気持ち自体だったり、
或いはある出来事によって発生した不満からくる悪意や肯定感に対しての羨望という感情を
一人静かに受容していく期間を、一日の中に設けることではないでしょうか。
精神的な情動を受容することで状況へ適合する。
あとは静かにそのまま流れに身をまかせてみる。
なるようになっていく時期にさしかかったと思える気がします。