今日も遊びに来てくださってありがとうございます
再開日未定のアトラクション休止に対する抗議運動(笑)として、今日も東京ディズニーシーのアメリカンウォーターフロント・ニューヨークエリアを走るビッグシティ・ヴィークルの魅力をお伝えしたいと思います。
これまでこのブログでは、
・ ゴッサム・ツアーズの観光バス
・ ニューヨーク市警の囚人護送車
について紹介してきましたので、興味のある方は是非ご覧ください
本日紹介するのはコチラ↓↓
"ICE"(アイス)と書かれたトラックです。
ゲストは荷台に乗り込むことができるのですが、一体何をするトラックなのでしょうか
日本で「アイス」と言えば、真っ先に思い浮かぶのはアイスクリーム
アイスクリーム屋さんかな
と思ってしまいそうですが、違います
実はこのトラック、ある生活必需品を運ぶ役割を果たしています。
それは、氷。
英語で「アイス」(ice)と言えば「氷」のことを言うので、ご注意を
※ちなみにドイツ語だとアイスクリームは「アイス」(das eis)です。日本語の「アイス」って、和製英語なのか、外来語としてのドイツ語なのか、どっちなんでしょう…
さて、「なんで氷が生活必需品なの」と思った方は、アメリカンウォーターフロントの時代設定を思い出してください。
ここは1910年代初めのニューヨーク。
ジョン・ゴリー(John Gorrie, 1802-1855)が人工的に氷を作り出す方法を発明して特許を取得したのが1851年、アルバート・マーシャル(Albert T. Marshall)が機械製の冷蔵庫の特許を取得したのが1899年です。
ディズニーシー・エレクトリックレールウェイの駅に冷蔵庫の広告が掲げられているものの、発明されて10年そこそこの最新鋭の電化製品が広く普及していたはずはありません。
冷蔵庫がまだ普及していないこの時代、生鮮食品を保存するために広く用いられていたのは氷でした。
元は魚市場だったというレストラン櫻の建物の中にも、その痕跡を見つけることができます。
写真に写っているのは氷バサミ。
市場参加者は「各自の氷を使うように」("USE YOUR OWN ICE.") と指示されています。
さてこの頃、一般家庭がどのようにして冷蔵庫代わりの氷を手に入れていたかと言うと、製氷業者から買っていたわけです。
このアイス・トラックは、各家庭に氷を配達するために使われていた車両ということになります。
ちなみに、冷蔵庫代わりに氷を使うことは、電化の遅れた地域では1920~30年代に至っても健在で、アフリカ系住民の多いハーレム地区では、氷配達業はメジャーなサービス業だったようです。
(以下のデジタル・ハーレム・ブログの記事が参考になります)
実際に、東京ディズニーシーのニューヨークエリアよりも少し後の時代、ハリウッド黄金期の1920~30年代がテーマと考えられるユニバーサル・スタジオ・ジャパンのニューヨークエリアでも、製氷業者の建物を見ることができます。
「ゴッサム・アイス・カンパニー」(GOTHAM ICE CO.)と、ニューヨークの愛称である「ゴッサム」の名を冠していますね
(ニューヨークの愛称「ゴッサム」については、冒頭にリンクを貼ったゴッサムツアーズの観光バスについての過去記事も合わせてご覧いただけると嬉しいです)
「配達」(DELIVERIES)の文字も確認できますので、氷の宅配サービスはUSJのニューヨークエリアでもお馴染みのものであるようです。
それにしても、
・ ビッグシティ・ヴィークルで冷蔵庫が普及する以前の生活を再現する一方、エレクトリックレールウェイの駅には冷蔵庫の広告を掲げて、次の時代の到来を仄めかす
というパークのデザインには、ディズニーランドパリのメインストリートUSAで見た
・ 中国系移民が経営する手洗いの衣服洗濯店を登場させる一方で、その近くのマーケットハウス・デリに電動洗濯機の広告を掲げる
手法と相通ずるものを感じます。
(詳細については、以下の過去記事もご覧いただけると嬉しいです)
時代の「移り変わり」や「変化」を表現する巧みさには、ただただ脱帽です